29/隔てられて、二人

「ゲオルグ殿」
 壁一枚隔てた向こうから、囁くような音量の声が届いた。
 上体を預けていた壁から身を起こすと、隣へ返す。
「……おまえはそっちか」
「ええまあ」
「そろそろだな」
「動けますか」
 無傷ではない。
 素人の拷問は体を痛めつけるだけの単純なものだったが、骨や体の芯に及ぶほどのものではなかった。勿論、そうならないように体をずらしていたからでもあるのだが。
 そういうことができたのも、日頃の鍛錬と――慣れのお陰か。
「勿論。そっちはどうだ」
「大丈夫ですよ。武器はどうします?」
「ここの門番が持ってるだろう。それを頂くとしよう」
 奪われた刀も、もしかしたら門番が持っているかもしれない。淡い期待を抱きながら立ち上がると、息を吐く。
「どう出ますか、と一応聞いてみますけど」
 鉄格子を前にゲオルグは肩を竦めた。
「紋章までは奪われなかっただろう?」
「やっぱりそうですよねー。火の紋章はあんまり得意じゃないんですけど」
「俺よりマシだろう」
「ゲオルグ殿に使わせられないですよ!」
 どんな暴走するかわかったものではないと返されるが、半ば以上本気だろう。お守り代わりに一度紋章を宿し、使ったことはあるが――焼死しなくて良かったと心底から思っている。それを知っているからこその言葉だ。苦笑するしかない。
「んじゃ一発、でっかいの行ってみますかね……」
 詠唱に集中する気配。長くはない。少しの間の後、気配が膨れ上がり――爆発する。
「踊る火炎!」
 大きな破壊音、熱。
 太い格子もぐにゃりと歪み、人ひとりが通るには充分な穴が空く。
 牢は地下だったはずだが、地上にまで及ぶ穴が空いていたことにはさすがに呆れた。
「……やりすぎじゃないか?」
「久々に使う魔法だったんで」
 牢を出て数時間ぶりに姿を見せたカイルは、ひょいと軽く肩を竦め、悪戯小僧のように笑ってみせる。つられて笑みを浮かべながら、ゲオルグは左右を見回す。自分たち以外に囚われている人間がいなくて、本当に良かったと思う。
「じゃ、行きますかー」
 こんなところでぐずぐずしている暇はない。頷くと牢から延びた階段を目指す。そろそろ先程の爆音に気付いた連中が慌て出す頃だ。浮き足立つ連中の足下を掬うのは今を置いて他にない。チャンスを逃すわけにはいかなかった。
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