26/白紙のままの日記

 未だに日誌に書けないでいる日がある。
 左腕を落とした日のことではない。むしろその日の日誌はベックマンに(半ば無理矢理)書かせた。自分なりの追記もしてある。
 書いてなくても困ることはない。風の強さ、進度、航行の具合など、およそ船を操ることにかけて必要なことは書いてあった。
 だが、それだけだ。
 他の日のように、シャンクスの主観を交えた『出来事』の記載は一切省かれている。
 書いていないから、逆にシャンクスにとっては忘れられぬ日になった。
 何の日だったかと言えば、ベックマンが死にかけた日だ。
 それだけではない。半ば自失したのも、あれが初めてではないか。呆然としたのではなく、怒りによる自失だけれども。
 その日を空白にしているなんて、仲間たちに知れたらなんと揶揄されるかわからない。だが、どう書いていいのかわからないのも事実だ。
「…………書けばいいんだろ、書けば」
 呟いてペンを握っても、言葉が出てこない。なんと書けばいいのか。
 副船長を殺されかけて怒りで自失した。
 事実を簡潔に記せばそうなる。いっそそれだけでいいかと思ったが、他の日に比べてしまうとどうにも見劣りがしてしまう。簡潔すぎるのだ。
「気にするのはおれだけだろう……」
 わかっているのだけれど。
 ふうと息を吐き、ペンを置いた。
 どうやら今日もあの日の日誌は空白のまま、埋まりそうになかった。
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