蓉司が家に帰ると、やけに室内は静かだった。
「ただいま」
一応声をかけてみるが、返事はない。
出る時、哲雄は寝ていた。熟睡していた彼を起こすのは忍びなく、だから蓉司は静かに支度し、こっそりと家を出たのだ。
哲雄もどこかへ外出したのだろうか。思いながらリビングのドアを開ければ、ちょうどこちらを向いて座っていた哲雄が視界に入った。顔を上げた哲雄と目が合う。
「ただいま。城沼、どうか……、っ、ちょ……!」
椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった哲雄は、大股で歩いてくるなり返事も無しにいきなり蓉司を抱きしめた。
「城沼……?」
苦しいと思ったけれど言えなかったのは、哲雄の様子にどこか必死さを感じたからだった。
「……どうか、したのか……?」
「…………別に」
お帰り、と耳元で囁かれた声は、心底からほっとしたような響きがある。もしかしてと心当たりに行き着くが、まさかそんなことがあるだろうか。
「……コンビニ、行ってきただけだから。支払いの期日が今日だったこと、思い出して。それで……」
「…………メモか何か、置いとけよ」
やはり。
心配させたようだ。v
けれど言い訳するなら、留守にしたのは三十分にも満たない。行き帰りにしても駅前のコンビニは蓉司のバイト先だ。危険な道があるわけでもない。v
何をそんなに心配したのだろう。
哲雄の背に腕を回し、緩く抱き返す。頭を首許へ預けるようにもたれさせた。
「……ごめん。心配、かけたんだな」
仮にもひとつ年上なのだから、といつも思っている。哲雄に寄り掛かろうと思っているわけではないが、結果としてそうなっていることが多い。
そうではなく、寄り掛かって、頼りにして欲しいのに。
そんな蓉司の思いとは裏腹に、心配までさせてしまう。中にはそこまで心配しなくても良いのなという類のものもあったが、後々のことを考えれば哲雄の言うことには一理ある。
今日もそうなのだろう。
思いながら、広い背を撫でる。
哲雄は深く息を吐き出すと頭をわずかに振った。
「おまえが悪いわけじゃねぇよ」
吐息に混じった言葉は哀切の響きを孕み、蓉司の胸を締め付ける。
「本当に、どうしたんだよ」
城沼らしくない。
まるで悠司にするように柔らかな手つきで背を撫でる。
声が震えていたと思ったのは気のせいではなかった。
「……いなくなったらどうしようかと思った」
「……俺が?」
顔を上げずに哲雄が頷く。
馬鹿なことを、とか、何言ってるんだ、と笑い飛ばす気にはなれなかった。――そんなことがあったわけでもあるまいに。
自分でもわからないが、哲雄の抱いた哀しみに似た何かが蓉司にも伝染したように、胸が苦しい。その痛みを癒すように、哲雄を抱きしめた腕に力を篭めた。
「……一緒にいるって、言っただろ」
囁いた声も、ああと返ってきた言葉も、ふたりきりの静かな部屋に溶けて消えた。