部屋の気配を窺う慣習の後にドアを開け、部屋に入る。
冬である。当然部屋は暖房が付けられ、温かくされている――と思うのが人情だろう。部屋に自分の帰りを待つ者、というよりは居着かせている者がいるのなら。
「……何してるんだ」
呆れた。
心底呆れた口調で目線で相手を見つめる。相手は、叶が呆れているのがなんのことやらわからぬ様子で、毛足の長いラグマットに寝転んだまま、叶を見上げていた。
これでも二十歳をとっくに過ぎ、30歳間近の男である。到底信じられないが。
自分が30歳だった頃のことを思い返してみても、こうではなかったと思う。この男はずっとこうだったのかと訝りながら見下ろすと、下村は上体を少し起こした。
「何って……寝転んでるんですが」
「……見ればわかる」
訊きたいのはそこではないと、溜息を吐いた。下村は身を起こすつもりはないらしく、伸びた猫のように寛いでいた。
――こいつには気温を感じる能力がないのか?
真剣に叶がそう思っても無理はない。下村は窓を開け放ったまま、裸足で転がっているのだから。
「叶さん、コート脱がないんですか」
「外と変わらない気温だぞ」
言外に脱げるものかと言ったつもりだが、はたして下村に伝わっただろうか。返事を待たず、叶は窓を閉めて鍵をかけ、迷わず暖房を入れた。
「寒くなかったのか」
「寒いってほどじゃなかったかな。日が射して暖かかったし」
「……とっくに暮れてるが」
「どうりで涼しいと思いましたよ」
「…………」
やれやれと溜息を吐くと、叶はコートを着たまま脚の低いソファに腰掛ける。風邪を引くぞと言ったところで気休めにしかならないことは想像に難くない。
この男は人間としての基本的な何かすら落としてしまったのか。感情とかそういったものだけでなく。それは教えられるものか、そうでないものか。自分が教えるものか、別の誰かの役目か。ちらりと頭をよぎった顔がないではなかったが、まだまだそんな時ではない。
ひとつ息を吐き、下村を手招いた。無感動のくせに小首を傾げる様が、ますます猫のようだった。
上体をすっかり起こした下村が傍に寄ると、腰を掬うように抱えて自分の脚の間に座らせ、背中から抱きしめた。
「……俺は湯たんぽじゃないですよ、叶さん」
「部屋が暖まるまでの間くらい我慢しろ。俺が寒い」
とはいえ抱きしめた下村の体も充分冷たい。日が暮れて二時間以上が経っている。本当に馬鹿だ。これで風邪を引かなかったら運が良い。もし風邪を引いたら、小僧に世話をさせるか。桜内に任せるか。いや、やはり結局は自分で面倒を見る事になるだろうと思いながら、首筋に顔を埋めた。