歌っている時の眼や表情、声を好きだと思う。
彼の髪や瞳の色は、夜空になろうとしている深い青。
歌っている時はその目が星を映したように輝き、歌に合わせて優しさ、慈しみ、愛しさ、哀しみを表す。表現力が豊かで、最近になって如月家に迎えられたがくぽはカイトを尊敬している。
だが自分がカイトに抱く感情が、どうやら尊敬という一言では限定されないものだと気付くのに時間は掛からなかった。
敬愛とも違う。
家族愛とも違う。
仲間意識でも友情でもない。
この、カイトへの思慕は、自分の体が生身ではなく機械だと自覚すればするほど、ボーカロイドとして異質な感情なのではないかと煩悶してしまう。
そんな感情を抱いてどうするのか。何度も自問したが、答えが出るはずもなかった。
「がくぽくん、大丈夫? 最近、調子良くないみたいだけど……」
気遣わしい表情でカイトが覗き込んでくる。さりげなく身を離しながら、がくぽは微笑を浮かべた。
「大丈夫だ。心配いらない」
「そう? でも顔色も良くないよ?」
「調子が悪かったらメンテナンスをしてもらう。だから心配いらない」
強く言い切ると、まだカイトは何か言いたそうにしていたが、結局それを飲み込み、「それならいいけど、」
「無理しないでね? 僕は今度のがくぽくんとの曲、すごく楽しみにしてるし」
その言葉に、失望を感じた。
カイトにとってのがくぽは、あくまで仲間――ボーカロイドでしかないのだ。わかっていたが事実を突き付けられると、胸に短剣を刺されるような痛みが湧く。
けれどそれすらカイトに知られてはならない。
「……カイト殿は本当に、歌が好きなのだな」
「え?」
「いつも歌のことばかりだ」
自覚はなかったが、言には棘が含まれた。それを感じ取ったカイトは不思議そうな表情で首を傾げたが、すぐに満面の笑顔を見せる。
「うん、ボーカロイドだからかな。好きだよ」
がくぽくんも好きでしょ、と問い返されると、微笑が曖昧なものになる。
カイトのように断言できるほど、今の自分が歌を一番に考えていないことは自分が一番よくわかっている。何しろ歌のことよりカイトのことが頭を占めてばかりいるのだ。今明るく楽しい歌を歌えと言われたら、歌えるだろうがマスターからOKが出るような出来になるとは到底思えなかった。
それほどまでにカイトのことを――
「……そう、だな」
自嘲に唇が歪むのを、がくぽは自覚しなかった。
歌を以前のように、如月家に来た当初のように愛せる自信はない。何せ歌こそが、がくぽの恋敵だ。――勝てる見込みはまったくない。
それなら。
がくぽは願う。
それなら、せめて歌の次に自分を好いてはくれないか。
身勝手な願いだとわかっているが、願わずにはいられない。
どうか、歌の次に。
二番目でも構わない。
祈るように、がくぽは自分の胸あたりを掴んだ。