「何ジジ臭いこと言ってやがる」
ベックマンの独語にシャンクスは酒瓶を口許に宛てたまま、言外に呆れたと言わんばかりの表情をする。
つい先日ベックマンを生まれ育った故郷から掻っ攫った張本人は、物心ついた時から船の上で波に揺られていたという。
「そんなこと当たり前じゃねェか」
今頃気付いたのかおまえ、と顔をまじまじと覗き込まれる。気圧されながら頷けば、シャンクスは溜息を吐いた。
「……そんなことにも気付かねェから、思い切りが悪ィんだよ、おまえは」
「そこまで言うか」
「言うよ。だって実際そうだろ」
決め付けられて思わず黙り込む。図星でもあるから、言い返せない。
そんなベックマンの表情が面白かったのか、シャンクスは今度は笑い出した。
「なんて顔しやがる! おまえはもっと、気楽になることを覚えろ」
「あんたほど気楽になれたら幸せだろうな」
「ああ。世は楽しいことばかり、おまけに優秀な副船長が仲間になって、言うことなしだ」
「……副船長?」
聞き咎めると、シャンクスは赤い髪を揺らして頷く。
「オレが船長なんだから、おまえが副船長。船長はオレって決まってるからな! 副船長で我慢しろよ」
「いや……そういうことじゃなく」
「? じゃあ何だよ」
「あんたと俺は、会ったばかりだろう」
「一ヶ月以上経ってるじゃねェか」
「そりゃそうだが……他にいるんじゃないのか、仲間が」
新米がいきなり副船長など、常識的には考えられない。見習いからスタートするのが普通ではないのか。当然ベックマンはそのつもりでいたのだ。
だがシャンクスは呵々と笑い飛ばす。
「そりゃ、他に仲間はいるけどよ。あいつらときたら考えるより先に体が動く奴らばっかりだ。ま、オレも含めてだけど」
肩を竦めるが、一応自分のことはわかっているのだなと変な感心をしてしまう。
副船長となる男にそんな失礼なことを思われているとも知らず、「だから、」とシャンクスは胸を張った。
「おまえみたいな、頭のいいヤツが要るんだ。それにおまえ、頭いいだけじゃなくて強いしな。誰も文句言わねェよ」
太陽のように笑われては、ベックマンに言い返す言葉など何もない。
仕方ない。
これも乗りかかった船ならぬ、乗ってしまった船だ。
船長の方針についていくしかないだろう。――とりあえず、今のところは。
苦笑を隠さず、ポケットから油紙に包んでいた細巻きの葉巻を取り出すと口に銜えた。燐寸も一本取り出すと、靴底で火を点ける。
それを面白そうにシャンクスは眺めていたが、「船で小火は出すなよ」と案外真面目な顔で言うのが可笑しい。それなら禁煙を命じればいいのに、そうではないのだ。
今まで狭い村の生活しか知らなかった。
それが今は、村の何倍も広い海の上だ。ボートを漕ぐシャンクスが言うことを信用するなら、夜には彼の仲間たちが待つ港へ着くだろう。
それからの生活は、今のベックマンには想像が出来ない。だが、嫌だとは思わなかった。どこか楽しみにしている自分に気付いている。
(鬼が出るか蛇が出るか……)
どっちが出ても倒して進むまでだ。
やけに楽しい気分が湧いてくるのを感じながら、ゆっくりと紫煙を吐き出した。