「今回だけや」
諦観に満ちた溜息を、江神が吐いた。だが不思議と苦々しいものではない。
それを良いように解釈し、有栖川は江神の唇に吸い付くと「ありがとうございます」などと言い、間近で笑みを返した。
江神の部屋は初夏の熱気が溜まろうとしている。外は晴れているのだから窓を開ければ良さそうなものだが、先程その窓を閉めたのは有栖川だった。
口付けの柔らかさに夢中になりすぎぬように気を付けながら、江神のTシャツをたくしあげて素肌を手のひらで撫でる。
わずかにしっとりした肌はごつごつした骨格、かたい筋肉を包んでいて、少なからずこの先の行為に緊張していた有栖川に興奮をもたらす。
指を縺れさせながら江神のベルトを外した。
「……慌てんでも逃げんから」
そうは言われても、気ばかり急いてしまうのは仕方がない。
心底惚れている人が目の前にいて、これからすることを(渋々ながらも)許してくれたのだから――急くなというほうが無理だ。
経験を積んでいれば別なのだろうけれど。
そこではたと手を止めた。
有栖川に経験がないことは、有栖川自身が一番よく知っている。だが、江神のほうはどうなのか。
視線を上げれば、江神は目で「どうかしたのか」と問い掛けてくる。
――まさか、口に出して訊くわけにもいくまい。
「他に経験あったのか、なんて……」
「なに?」
聞き咎めた江神が右手をついて上体を起こす。鋭い視線に、有栖川は心底後悔していた。
言うつもりはなかったのに――
「聞いてもどうしようもないやろ」
「……はい」
でも気になるんです、とは飲み込んだ。これ以上失言を重ねれば、この先もなかったことになりかねない。
溜息も飲み込むと、ごめんなさいと小さく頭を下げる。
止められはしなかったから、行為は続行した。