低く垂れ込めた色の濃い雲、肌を刺すような寒風。
こんな日に気が滅入りがちになるのは仕方ない。まして愛しく想うかの人は今日、臨時で入ったバイトのために午後は自主休講しているとなればなおさらだ。
「寒いわね」
EMCの紅一点、マリアが吹き抜けた木枯らしに息を大きく吐いた。有栖川の隣で寒そうに手を擦り合わせていた望月が頷く。
「今晩あたり雪になりそうやって、朝の天気予報で言っとったで」
「いくらなんでもそら大ほら吹き過ぎやで、モチ。まだ十月やないか」
「ほとんど十一月やろ。雪降ってもおかしくないで」
いくらなんでもそれはどうだろうか。皆して疑問視すると望月は口を尖らせ、再び素早く通り過ぎた寒風に首を竦める。
「なんや、皆して――それはそうと、これから時間はあるか? 暇なら、この前言うとったハイキングの予定でも立てようや」
「いいですね。十一月上旬は週末もお天気いいみたいだし」
「あんまり時期逃がすと寒ぅなる一方やからなあ。早いとか決めようや」
差し迫った課題もなかった有栖川も頷くと、四人は早速とばかりに足を学食へと向けた。
「……というわけで十一月のピクニックは、古寺巡りっていうことになりました」
「具体的に、どこいらへん巡るんや?」
「その辺はまだ詰めてないんですけど、観光客避けてマイナーどころを狙お、てなりました。皆で四つくらい候補出して決めるんで、江神さんも明後日までに考えて下さいね」
「マイナーどころか」
かすかに笑みを含んだ紫煙が揺れる。
「遠足やったら、あんまり場所が離れすぎとっても回り辛いな」
「遠足て……子供みたいですね」
「たまには童心にかえるのもええな。信長あたりの発案やろ」
「あとマリアです」
「元気が有り余ってるんやなあ」
羨ましいことや、と笑って灰を落とす。
有栖川は紫煙の行く先、暗い窓の外へ視線を移した。雲はまだ厚く空を覆っている。夕方からずっと暗いままであったため、時間の感覚を失っていたが――時刻は今ここを出れば終電には間に合う頃になっていた。
江神をちらりと見遣る。彼は視線に気付くと片方の眉を軽く上げて「ん?」と首を傾げた。
「どうしたい?」
その問い方は反則ではないか。有栖川の内心が、正直に顔に出る。江神はまた煙草を吹かすと、悪戯っぽく笑った。
「明日の授業及びバイトに不都合がないなら、泊まっていってええよ?」
「う……と、泊まるのが迷惑とかは……」
「そしたらハナから聞かんわなあ」
「……江神さん、なんか今日ちょっと意地悪やないですか?」
「気のせいやろ」
笑顔が気になったが、それでもやはり有栖川は「泊めて下さい」と小さく頭を下げた。江神はそんな有栖川の頭を掻き交ぜるように撫でたのだった。