04/延期された結末

 海賊である以上、いつ戦闘に入るとも限らない。その日、陸も間近な海域で戦闘に入ったのはまだ暁天、夜明けすぐだった。
 寝起きの悪い海賊などいないというように、報せが走ると次々と、船員が手にそれぞれの得物を携えて甲板に現れる。眠そうな顔が大半なのは、前日の宴が原因だろう。
 どんなに盛り上がった宴の翌日でも、日頃、船を取り仕切っている副船長の姿があるのは当然だが、この日は珍しく、召集がかかって早いうちから、船長である赤髪も姿を見せていた。
「珍しいじゃねェか」
「褒めるなよ」
「褒めてねェよ」
 怪我するんじゃねェだろうな、するならおまえだ、と船一番の狙撃手と笑い合ううち、砲撃戦に続いて白兵戦が始まった。
 ベックマンは少し離れたところで幹部ふたりのやり取りを見、紫煙を燻らせながらルゥと笑っていた。
「未だにあの人の賞金額が信じられねェ」
 そう笑ったのは誰だったか。確かにこんな姿だけしか見ていなければ、信じられないかもしれない。
「それだけの人間なら、誰もついていかないさ」
 そう返した覚えもあった。
 あれはいつのことだったか。
「副船長、どうした?」
「いや……さっさと片付けて、寝直してェ」
「働きすぎだから」
 肉を噛るルゥにつられるようにして笑うと、ベックマンは網を上る。戦況を見ながら適当な場所へ来た所で銃を構え、敵船に狙いを定めた。迷うことなく引き金を引くと、鉛の弾はたやすく敵の命を奪う。
 霧も雨もない、夜明け。敵はこちらが赤髪と知っていただろうか。知っていようといまいと、あの世で後悔するに違いない。
 天が悪戯するのが勝負の常と知っていても、ベックマンは赤髪海賊団の勝利を疑っていない。
 甃毫ほど揺らいだのは、戦いが終盤に差し掛かった時だ。
 ぱぁん、と弾けた音がした、すぐ後。ベックマンは視界が真っ赤に染まったと思った。
「お頭!!」
 気付いた仲間の、悲愴に満ちた声。敵の、勝利を確信した歓声。数秒も経っていないはずだが、一瞬一瞬がやたらに長く感じる。
 そんな馬鹿なことはない。
 時が止まったように動かぬ赤髪を凝視しながら、敵を銃尻で殴り付けた。頭の骨が砕けた感覚は、現実感が乏しい。
 何故動かない。
 ベックマンも叫びかけたが、すんでのところで堪えた。狙撃された赤髪が倒れもせずに身じろぎしたのが見えたからだ。
 蒼然となりかけた場を収めたのは、やはり赤髪だった。
「いい腕だが、惜しかったな」
 ひらりと外套が翻った、と思った時にはもう、そこにはいない。
 戦場がまた、急速に動き始める。今まで止まっていた分まで取り返すように。
「馬鹿野郎、頭だけ働かす奴があるか! 何ぼんやりしてやがる!」
 すっかり明るくなった空の下、二つ名の赤髪を輝かせて叱咤する。
 流れが逆転したのは、誰の目にも明らかであった。
 
 
 
「少しは心配したか?」
「……少しはな」
「愛されてるねェ」
「人事みたいに言うんじゃねェよ」
「はは!」
 効かないことはわかっていても、睨んでしまう。
 結局赤髪は、――呆れたことに――まったくの無傷だったのだ。
「あんた、何に気を取られたんだ」
「気を取られたわけじゃねェよ」
 笑い、ジョッキのラムを呷る。不審そうに見つめるベックマンの顔がよほど面白かったのか、くつくつと喉を鳴らした。
「眠かったんだよ。――わかるだろ?」
「…………」
 すぐに意味を介すると、ベックマンは不機嫌そうに煙草をふかした。
 心から、「今日ほど心配損だと思ったことはない」と思いはしたが、結局、口にはしなかった。
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