昼夜を問わず、野山を走った。かつては一人で、あるいは時にドゥナダンたちと。今は、種族の異なる仲間たちと共に。
小さい人たちを攫ったナズグル、オークに追い付けるかどうかはわからない。わからなくても、ただその痕跡を調べ、脚を動かし続けるしかない。
小さい人たち、メリーとピピンを守ろうとして果たせなかった、仲間の意志のためにも。縁あって一緒に旅を続けてきた仲間との、友情のためにも。
「ギムリ、しっかり!」
レゴラスに声をかけられ、やや身丈の低い、頑強な体と鎧兜を身に着けているドワーフは、遅れがちな脚を必死に進めながら疲れの見えぬ背高い異種族の友を見上げる。
「ドワーフは頑丈だけが取り柄じゃあない、持久力もあるのだが……休みなく走り続けるのは鳥でも無理だ! エルフの食べ物は走りながらでも充分に食べられるし力も湧いてくる素晴らしいものだが、ほんの少しでも休憩は必要だと思うね」
「私もその意見に賛成するよ、ギムリ」
少しの疲れも見えない笑顔で言うと、わずかに先を行くアラゴルンに駆け寄る。
エルフであるレゴラスは、繊細で美しい外見をしている割に、丈夫で持久力もある。走り通しの二日間はギムリが感じるほどの疲労はなかったが、半ば以上は人であるアラゴルンにも、かなりの疲労を与えているに違いないとは考えていた。
疲労は蓄積される。今は良くても、この先――例えばオークなどと一戦交える必要に陥った場合、疲労で動きが鈍っただけでも万一の可能性はある。休める一秒も惜しい気持ちもとてもわかるのだが、気ばかり急いていても仕方がない。
「アラゴルン、十分でも二十分でもいい、少し休まないか? 朝起きて食事をしてからお昼が過ぎた今まで、ずっと走り通しだ。体のほうが持たなくなる」
レゴラスに声をかけられ、アラゴルンはようやく後ろの存在に気が付いたとでもいう様子で振り返った。休息と言われるとほんの少し表情が曇ったが、それもわずかのこと。「――そうだな」
「少し休むことにしよう。二十分ばかりだ」
見晴らしのよいところで休むわけにもいかず、半リーグほど先まで進み、岩陰に腰を下ろした。アラゴルンは道の先を見つめる。
(まだ走れる。まだ)
拳を握り、篭手に触れる。いつか、彼が身につけていた時にも触れたことがあった篭手。今では彼を偲ぶもの。――それだけではないが。
まだ走れる。
そう思え、その力があるということは、生きている証明。
生きている。限りある生を。
走っている時にはちらつかない彼の影が、アラゴルンの胸に射す。俯けば暗くなることはわかっている。だから上を向いた。
空は青く、刷毛を滑らせたような薄雲がいくつか、浮いていた。太陽は天頂から傾いている。人の営み、いや地上の営みなど知らぬ顔で軌道を往く星。その光に照らされた地。
影はまだ地上を覆い尽くしてはいない。
光をもたらしてくれる存在に、今は祈らない。果たすべきことをいまだ、成し遂げてはいないから。
残りわずかの休息の間にできることは、体を癒すことだ。走り続けられても、倒れては意味がない。
アラゴルンは、先へ先へと急ぐ自分が、ただ道を急いでいるだけのような気がしていた。