26/パンドラ

「船影接近! 艦隊数……およそ二十!」
 メインマスト上の見張りの声は絶望を湛えていた。
 当然だ。こちらは一隻、対して相手は二十倍。臆するのも無理はない。
 しかし、幹部に絶望はなかった。諦めも、自暴自棄もない。強い確信が彼らを立たせていた。
 視線の先にあるのは、舳先にて翻る黒の外套と――赤髪。
 恐れなど抱かずとも良い。
 この世にあるどのような災いが齎されようと、赤髪ならばそれらすべてを撥ね退け、なお嗤うだろう。何者も、彼を挫くことはできない。
 だから、皆彼の驥尾に着くのだ。普段の姿がどうあれ、赤髪の威力が発揮されるのがいつなのかを知っていればこそ、軽口を叩きながら船を同じくする。本当の不満を口にする者などいない。
 彼の姿を思えば、視界の端に留めれば、それで良い。
「フォアヤード・メインヤード、四十度回せ! トップメン、そのまま待機! 艦隊とあと千メートル近付いたらヤードすべて二十度回せ!」
 副船長の支持が飛んでも、赤髪はなおも正面の艦隊を見据えていた。群れは確実にこちらへと迫っている。
 時折強い風がトレードマークの赤髪を揺らしたが、それでも彼は微塵も揺るがない。
 各船員へ指示を飛ばしながら、ベックマンはシャンクスの背を見た。そうしてその背に安堵を覚える自分がいることに気付く。
 海軍は言うであろう。海賊王の発言以来、いやそれ以前からも、海賊こそ世の災いだと。  何故海賊など、絶対的権力の前の犯罪者になるのかと人は疑問に思うだろう。海軍に追われ、その先に待つのは断頭台だけなのだから、と。
 愚問だ。
 彼の前ではそれらすべてが愚問だ。
 ベックマンにとって、この船の仲間にとって、赤髪こそが、――
「ヤードを回せ!!」
 艦隊から砲撃を受ける。
 だが、恐れはなかった。
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