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「シャンクスのバーカ! ケーチ!」
 口の端を両人差指で広げ、イーッと歯を見せて店を飛び出してしまった。
「あーあ、ルフィの奴もかわいそーに」
 ベックマンの隣で一部始終を見ていたヤソップが、幼い少年の背中を見送りながら笑った。かわいそうにと言いながら、露ほどの同情も含まれていないのは、彼もシャンクス同様、楽しんでいるからだろう。
 ヤソップだけでなく、この店にいる皆が、シャンクスとルフィのやりとりを楽しんでいるに違いない。ただし、ルフィを馬鹿にしたり軽んじる者はいない。
 慈しみこそすれ、邪険にすることもまずない。ただ、シャンクスがその方向性を大いに間違えているかもしれないというだけで。
 ベックマンはさりげなく席を立ち、仲間の輪を離れて表へと出た。シャンクスと目が合った時に笑われたが、それはおそらく「ゴクローサン」の意味なのだろう。
 店を出てすぐの脇に、目的の人物が座り込んでいるのを発見した。咥え煙草のまま、彼の傍らに立つ。
「ハンバーグ、まだ食べ掛けだろう」
「…………」
「冷めちまうぞ」
 答えないルフィの隣に、同じように座り込む。それでもまだ彼の頭はベックマンより随分低い位置にあった。
 掌にすら余る小さな頭を撫でると、ふてくされた声で「ガキ扱いすんなっ」と抗議されたが、手を叩かれたり払われたりはされなかった。
「……シャンクスなんか嫌いだ」
「そうなのか?」
「そうだ! キライキライキライ! 大っ嫌いだっ」
 絆創膏を貼った小さな膝を抱えたまま「キライ」を繰り返す少年の頭を、苦笑しながらまた撫でる。が、勢い良く顔を上げたのに驚かされ、手を離した。
「なあ! なんで皆、あんなロクデナシの仲間なんだ? 副船長のがずっといいって、エースも不思議がってたぞ」
「…………」
 笑うところ、ではないらしい。ルフィの目はあくまで真剣そのものだった。そして「納得できる答え」を期待している。
 数度瞬きし、短くなった煙草を消した。簡易灰皿へ放り込む間、真摯な問いの答えを考える。
「ルフィは何故、嫌いな相手にわざわざ毎日逢いにくるんだ?」
「え?」
 ルフィの想像もしていない問いだったのだろう、首を傾げてしまった。腕を組み、何度も首を捻っては唸り続ける。
 ベックマンが煙草一本を吸いきり、もう一本を咥えた所でようやく答えを見いだしたらしい。ベックマンの顔を見上げ、自信満々に言ってくれた。
「なんとなくだ!」
 その答えに、吹き出しかけたのを堪える。
 その答えが、恋によく似ていると思ってしまったからだ。
 代わりに微笑し、頭を撫でてやった。
「俺も初めはそうだった」
「副船長も? シャンクスのこと、嫌いだったのか?」
 ホントに? と腕を掴まれる。身を乗り出すように顔を覗きこまれ、真っ黒い瞳を見返して頷いた。
「俺が今まで嘘をついたことがあったか?」
 問えば、ルフィはすぐに頭を振ってくれた。ベックマンの発言に対する信頼は、他の誰より重いらしい。
 かつて、シャンクスの勧誘は何度か断った。だがシャンクスは懲りずにベックマンにまとわりつき、しつこく勧誘を繰り返した。
 うざったいと思っていたのに、居なければ気になるようになったのはいつからだっただろう?
 ルフィに抱きつかれたのをあやしてやりながら昔をふと思い出した。
「今のは、男同士の内緒話だからな」
 誰にも言うなよ? と頭を撫でると、ルフィは目を輝かせて頷いた。「男同士」と、一人前扱いされたのが嬉しかったらしい。
「……ハンバーグ、食べてくる!」
 宣言すると、店内へと駆け出した。その立ち直りの早さに感心しながら、咥えたままの煙草へ火を点ける。
 店へ戻るのは吸いきってからにしようと決めた。
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