ああもうクソッ、何なんだ。一体何だってんだよ!
せっかく久しぶりの陸で、揺れない床を楽しもうと思ったってのに。なんでハチ合わせるかな、海軍に!
けしてオレは目立つ方じゃあないって自信があるが、一応トレードマークになっているこの赤い髪は、追いかける方にしてみれば相当目立つ代物らしい。
だからといて大人しく捕まってやるつもりなどないが。
「赤髪がこの町にいるのは確かだ! くまなく捜せ!」
張り切って指示を飛ばす声が聞こえる。以前にも聞いた声だ。名は……忘れちまったな。ま、軍の人間には違いない。見逃せと言って聞くようなタイプにも見えないから、逃げるのが得策だろう。
船、港に停めなくて良かった。
とはいえ、予定を乱された苛立ちはある。
こんな時、優秀な副船長がいてくれれば、妙案が浮かんだかもしれないが……オレの頭で浮かぶことなんざ限られている。
幸い、裏通りを辿れば花街へと戻る。そこまで戻れれば、後は金次第だ。
気配を消しながら、足早にその場を立ち去った。
宿で二日振りに再会した副船長は、オレの顔を見た瞬間、異様な表情をしてくれた。
奴のその表情で、下降気味だったオレの機嫌はますます下がった。
「……どうしたんだ、ソレ」
無事を喜ぶとか何でこんな所に宿をとったのかとか、そんなことよりオレのナリの方が気になったらしい。ベックマンの声は疑問と、明らかな飽きれが混ざっていた。
オレだって別に、好き好んでこんなになったわけじゃあない。ただ――遊ばれ過ぎただけの話だ。
真っ赤だった髪はハニーブロンドになり、長さも一番長い所で肩に付くほどで、緩いウェーブがかかっている。左目の三本傷がなけりゃ、こいつでもオレを見分けられないかもしれない。
言っておくが勿論、地毛ではない。
花街のおねーちゃん達が使っている鬘だ。普通の鬘と違うのは、強い風でも激しい運動をしても吹き飛ばない、という特徴だろうか。それもわざわざ左目に髪がかかるように前髪がカットされている。
宿を間違えたかもしれない。
妓館だというのに素泊りだけの要求は、案外あっさり受け入れられた。万が一のために逃げやすい部屋にもしてもらった。
が、頼んだ覚えのない娼婦に押しかけられ、彼女達のいいように外見をいじられてしまった。――髭も剃られた。名目は「赤髪のシャンクスとわからないようにしなきゃね!」。
まさか、女相手に本気で抵抗するわけにもいかず――気がついたらこの有様だ。嵐より性質が悪い。
パッと見、明らかに「赤髪」と判らなくなったのはありがたいが……
「何、笑ってやがるっ」
人の顔を見て肩を揺らし笑うのは失礼じゃあねェか?!
椅子に座ったままでベックマンの腰を蹴る。それでも笑っていたので、オレの方から諦めてやった。
「……他の皆は?」
「問題ない。予定通り、早朝には出られる」
ゴクローサンと誠意のないねぎらいを投げつけると、ドウイタシマシテと受け返された。
腹立ち紛れに、吸っていた煙草を奪い取ると、代わりに苦い唇を舐めてやった。
「……何、嫌そうな顔してるんだよ」
「嫌、ってわけじゃないさ」
「じゃあ何だ」
「…………」
黙した男の顔を引っ張り、答えを促す。
答えは苦笑とともに与えられた。
「知らない人間にされたみたいで、違和感があっただけだ」
……いや、そこは苦笑するポイントじゃないだろ。髪だけなんだから。
言うと、ベックマンは頷いた。
「髪だけだ。が、あんたの赤は印象が強すぎるんだよ」
「ふぅん?」
曖昧に頷いて、奴の腕を引っ張った。つられて屈み、間近になった耳へそっと囁いた。
提案というか誘い文句は好奇心が言わせたようなものだ。
嫌な顔をするのは予測済みだが、結局望み通りにしてくれるだろうってことも、予測の範疇だった。