戦闘後、すぐに水を浴びに部屋へ引っ込んでしまったので知らなかったのだが、今回ベックマンは何か珍しい物を己の取り分にしたらしい。
興味を持ってその場にいた者へ訊いてみたが、ヤソップ曰く「オモチャだ」、ルゥ曰く「宝石だ」、他の船員曰く「呪い道具だ」、また別の船員曰く「武器だ」と、彼等の証言は多彩過ぎて、物が何なのかさっぱりわからない。
結局本人にあたってみた。
「なあ、お前何取ったんだ?」
前置きをはしょった問いに、だがベックマンは答えてくれた。
「あんたが興味持つようなもんでもないさ」
「物欲の薄いお前がわざわざそれを選んだっていうこと自体が興味の対象だ」
物が何なのか知るまでは動かない。
シャンクスの目の輝きを見て悟り、ベックマンは苦笑した。
「ベッドの下だ」
丁寧に扱えよと一応の忠告をしたが、楽しそうにベッドの下へ頭を突っ込んだ船長に聞こえたかどうかはわからない。
「……何だこれ?」
目的のものを引っ張り出したシャンクスは、それの前に胡坐をかいて不思議そうに眺めている。
古ぼけた木製の小さな机のようなものがひとつと、掌サイズの丸っぽい蓋付の木製の器が二つ。机にしては足が短すぎて役に立たないように思われるが、黒い線が格子状に引かれているので何か別の目的があるのかもしれない。
「こっち、開けていいか?」
「ああ」
許可を得、一つ目の入れ物の蓋を開ける。中には白くて丸い石がたくさん詰まっていた。もう一つの方には、形こそ白と同じだが黒い石が詰まっていた。
「……武器、には見えないな」
呪い道具か何かか? 問うと、ベックマンは相好を崩した。
「ある意味近いな」
「じゃ、玩具?」
「ある意味そうだな」
「……わっかんねェ。教えろよ」
口を尖らせると、ベックマンが目の前に胡坐をかいた。机の表面を指先で優しく撫でる。
「碁の道具さ」
「ゴ? って何?」
「東の海のごく一部の地域でのみ行われた……まぁ、遊びのようなものだな」
「? よくわかんねェ」
「極東に、陰陽という考え方がある。この世は陰と陽、二つの性質から成り立っているという考え方だ。男女の場合は男が陽で女が陰。天地なら、天が陽で地が陰だ」
その世界観を取り入れたゲームだという。
小さな机――碁盤を宇宙に見立て、白を天、黒を地として行われる陣取りのゲーム。それが碁だ、とベックマンは言った。実際はもっと複雑なのかもしれないが、難しいことを言われてもきっと理解ができないだろうから丁度いい。
つまり天と地が宇宙を取り合って戦うんだな、とシャンクスは理解した。
白い石を摘まんで目の前にかざす。真っ白に見えたが、実際はそうでもない。
「……玩具が欲しくて分け前貰ったわけじゃねェんだろ?」
古い玩具が欲しいだけならいくらでも買えるはずだ。そうしなかったのは何故だ? 勿論、この玩具の遊び方を知っているだけが理由ではあるまい。
「この碁盤は栢でできている」
「カヤ?」
「碁盤の中では最上の素材、と言われているものだ。碁笥は桑だろうな。艶はなくなってしまっているが」
「は――……あ、なんかこの碁盤、横ッ側に彫り物がしてあるな。全部違うけど……怪物?」
蛇モドキ、亀モドキ、鳥モドキと虎。よくよく観察してみれば、塗装が施された跡がある。剥がされた様子はないから自然に剥がれたのだろうが、だとすると年代物の碁盤という事になるのだろうか。
ベックマンは「よくわかったな」と笑い、一つずつを指差した。
「それはただのバケモノじゃない。東西南北の四つの方位を司っている、聖なる獣だ」
「聖なる獣、ねえ……」
感心したようで侮蔑したような言葉を吐くと、彫り物を指先で撫でた。
ベックマンは続いて、シャンクスの持っている石を指差した。
「その石。何でできてるかわかるか?」
「は?……花崗岩か大理石?」
「翡翠だ」
「翡翠?!」
「こっちの黒石も同じだ」
「それも?!」
全ッ然見えねェ! と自分の手とベックマンの手にある石を交互に見比べる。
傍目にはまったくわからなかったが、言われてみれば普通の石と輝きが違う……ような気がする。
「色も全然違うのに……」
白と黒の石を見比べながら、灯りに透かしたりしている。そんなことをしてもわかるはずがないのだが。
「あんたが興味持つような物じゃなかっただろ?」
石を受け取ると碁笥に戻す。その動きをシャンクスは目で追った。
「うん、でもまあ」
蓋を閉じた手を取り、節に口付ける。にやりと笑うと、手を放して盤面を撫でた。
「お前が嬉しそうに語ってくれるトコ見れたから、別にいいかな」