外の騒がしさに、珍しく刻限より早く戻っていたシャンクスも顔を出した。
「何の騒ぎだ?」
「お頭。それが……」
言いにくそうに顔を見合わせる新人に首を傾げ、自分で見た方が早いと船縁から身を乗り出す。
桟橋あたりで揉めているのは男女――しかし声を荒げているのは女だけだった。痴情のもつれか、と身を返しかけ、責められている男が誰なのかに気が付いた。
ベックマンだ。
「……下手だなー……」
というより、不器用なのかもしれない。他人の好意を無礙にはできない性分なのだろう。
とはいえ、揉め事に発展させているようでは面倒だ。女の後ろにどんな組織がいるとも限らない。
仕方ないなと誰にともなく呟くと、気楽な素振りで渡架橋を下りる。
ベックマンの背後から親しさを装い、笑顔で肩を叩いた。
「よお、遅かったな」
「お頭……」
ぎょっとした顔で振り向いたベックマンに片目を瞑ってやると、値踏みする目つきで自分を見ている女を指差した。
「何? コレ」
「人をコレ呼ばわりしないでよ! 何この失礼なガキは!」
「酒場で一緒だった女だ」
「ふぅん。寝た?」
「当り前でしょ!」
いい男がいたら寝るのが女の甲斐性よと言い切る女に内心で苦笑したが、質問はあくまでベックマンに投げた。
「お前さぁ、遊ぶのはいいけど、最初にちゃんと言わねぇから誤解されるんだろう」
誤解? と動揺の表情で訝るのを気に留めず頷いた。そうして悪戯な笑顔を消す。
「お前はオレに本気で惚れてるんだ、ってね」
言うが早いか、ベックマンの顔を掴んで口付けた。彼が驚くのも構わず、女から見ても分かるようなディープキスを仕掛けた。
背伸びで麦わらのつばがベックマンの頭に当り、足元に落ちる。
目も口も○にしていた女が我にかえり罵りの捨て台詞を投げて町へ戻るのを薄く開いた目で確認すると、ようやく長いキスを止めた。
「やっと帰ってくれたな!」
「…………」
「何、その嫌そうな面」
「他に方法はなかったのか」
「助けてもらっておいて、礼の一言もナシでそれかよ」
足元に落ちた麦わらを拾い、被って船へと戻る。不機嫌な様子はなかった。きっと礼も期待していなかったに違いない。
ベックマンはシャンクスの後を追うようについて行き、無意識に口へ手を持っていった。
まだ唇の感触が残っている。
「拭うなよ」
傷付くからと振り返らずに手をひらひらさせてみせる。見ていたようなタイミングに、動揺を隠せなかった。
「ま――ったく、女泣かせだね、うちの副船長は」
罪なオトコだよと仲間達と一緒に笑う。
その快活な笑顔を眩しく見つめながら、罪な男はどちらだと、内心で毒づいた。