「馬鹿は風邪を引かないんじゃなかったか」
「最近は馬鹿が引くのかもな」
「鬼の撹乱」
「近い」
「嵐の前兆?」
枕元で好き勝手に喋っているのは、ヤソップを始めとした幹部達だった。
不本意ながら布団に寝かし付けられたシャンクスは、彼等を睨みつけると威嚇した。
「てめーら! うるさくって寝てらんねぇだろ!」
どっか行け! と当り散らしながらも咳き込む。
いちいち咳で言葉を詰まらせる様は、シャンクスでなければ哀れみを呼んだかもしれない。
だが風邪の原因に同情の余地がないなら、なお彼等は意地が悪い。トップである船長にすらそうなのだから、後は推して知るべしである。
副船長がやってくると、全員諮ったかのように船長室を後にした。
機嫌の悪い船長と二人きりになったベックマンは、それを具合が悪いと思ったらしい。気遣わしげに顔を覗きこんだ。大人しく寝ていろと言われて寝ている事実が奇跡のようなものだからだ。
「飯は食えるか?」
「……食える」
「それなら良かった」
食べた後は薬を飲めと命じられ、シャンクスは顔を顰めた。
「やっぱ、食えねぇ」
「嘘をつくな」
子供のような言い訳に苦笑し、彼の身体を起こしてやる。
シャンクスは野菜が山のように入ったスープとパンを前に、小さく唸った。
食事は摂りたい。だが食後の薬は嫌だ。船医が特別調合した解熱剤は、確かによく効くのだが、他に喩え様がないほど不味いのだ。ベックマンすら顔を歪める、と言えば味の凄まじさがわかるだろうか。
スープを前に唸っているシャンクスの傍らに椅子を引いてくると、ベックマンは座りながら苦笑した。
「いずれにせよ飲むんだ。諦めろ」
「…………」
「……ったく……」
溜息を吐くとグラスを取った。水を注いで口に含む。シャンクスがまだスープと睨めっこをしているのを確認すると、薬包を己の口中へ空けた。
シャンクスの膝上のスープをどかすと顔を見上げた彼の顎を掴み、素早く口付ける。歯列を割ると、口に含んでいた薬と水とをゆっくり流し込む。
驚いて暴れるのも構わず押さえ、とうとう全て飲ませることに成功した。
「……ッ、まっじぃ――――!!」
水水水! 喚くシャンクスにスープを押しつける。こちらもやはり、不本意な表情をしていた。
「後口直しに丁度いいだろう」
「最悪だッ」
「俺もだ。だから飯を食う時くらいは大人しくしておいてくれ」
苦笑しながら後口直しと言わんばかりに煙草に火を点ける。
無言でスープとパンにがっつき、皿をすっかり空にすると「そういやドクトルは?」と今更な質問を寄越した。いつもは船医が毎食後に薬を届けにきたのだ。勿論シャンクスが薬を棄てたりしないよう、見張る意味もあるのだが。
今日だけ忙しい副船長が薬を届けに来たのはいかなる理由なのか。
しかし理由は明快だった。
「あんたの風邪が伝染った」
今頃自分の作った薬を飲んで寝てるよ。教えてやると、シャンクスは溜飲が下がったとばかりに笑ったのだった。