08/境界

 俺が思うに、部屋というのは結構大切なものだ。
 部屋の中身ではなく、己が使用する部屋自体が。
 肉食・草食を問わず、自然界の生物には、グループや己の決めたテリトリーがある。その領界内は己のもので、何人も立ち入らせない。
 無断で立ち入れば、喉笛を掻っ斬られる場合もあるだろう。特に、群れの首魁の領域を踏み荒らせば。
 人間に当てはめた場合、それは家だったり、俺達の場合なら船だったりする。さらに小さく区切るなら、船室がそれに相当するはずだ。

「――で?」
 何が言いたい? 何やら繰っていた本の表紙を閉じ、ようやくこちらを向いた。
 深海色の眼差しが傾き、俺に問いかける。
「お前の部屋にいつも無断で入るオレへの抗議か?」
「そんな無駄なことは諦めた」
 シャンクスはそいつはどうも、と苦笑し、行儀の悪いことに、椅子の上で胡座をかいた。
 俺は短くなった煙草を揉み消す。
「あんたならどうする?」
「どう、って?」
「無断で境界線を越えた人間を、あんたならどうする?」
「ん? 別に……」
 続けかけた言葉が止まる。無言で数秒、俺の目を見つめると、その後で楽しげに唇を歪めて見せた。どこか獣めいている。――それも肉食獣だ。
 それってさあ。笑みの滲んだ声音が近付く。
 目前までやってくると、彼は俺が新たに咥えていた煙草を奪った。
「別にオレは仲間なら気にしないけど……お前なら少し違うかな」
 それはどういう所が? 語尾は唇に重ねられた。
 頬や首筋を撫でる手は、明らかな意図を含んでいる。
「こんな時間に来るってことは、よほど急ぎの用じゃない限り、他意があるって……思うのが普通だろ?」
 吐息が肌にかかり、それを追うようにシャンクスが口付ける。
 俺は、口の端だけで笑った。
 境界を侵した者は、領域の主に食われるのが定めだと。
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