停泊する予定のなかった、巨大な港町。交易で栄えているそこは、海軍の支部もあり、赤髪海賊団の副船長すらできれば避けたいと考えていた港だった。海軍に捕まるのを杞憂したのではなく、自船の船長が大人しくしていないことを見越した憂慮なのだが、当の本人にその自覚はない。
町は折しも開港百年祭だとかで、普段の賑わいに輪をかけていた。祭好きの船長が喜ばぬわけはない。
目立たないように、との諌言すら空しい。せめて海軍といざこざを起こさぬよう祈るばかりだった。
「なあ、アレはどこにあるんだ?」
大通に連なる屋台を熱心に覗いて回りながら、不意にシャンクスが問うた。
覚えのない代名詞に、答えを求められたベックマンは首を傾げる。
「アレ?」
「アレだよ。船から見えただろ。丸くてでっかくて回ってるヤツ」
「……ああ……観覧車か」
そういえば、船から見えていたかもしれない。
「乗りたい」
「は?」
「ソレに乗りたい。どこに行けば乗れるんだ?」
「…………」
場所を知りながら、ベックマンは告げるのを躊躇った。
観覧車自体は、町外れに開設された移動遊園地で乗れるだろう。遊園地に行くことに問題はない。だが観覧車などに乗った後で海軍に待ち伏せされては――
シャンクスは下からベックマンの渋面を覗きこんだ。副船長の憂いを見越して笑う。
「目立たないようにすればいいんだろ? 被り物でも何でもつけてやるから」
行こう、と手を引かれて諦めた。
決定は覆らないのだ。
「お――――……高いなァ」
メインマストより高いぞ、と上機嫌で窓の外をきょろきょろと眺めるシャンクスは、まるで落ち着きのないリスのようだ。
米粒ほどの大きさになった人波を見下ろし、ベックマンは細く溜息した。どうやら海軍には通報されていない。
相方の気回しを察し、シャンクスは喉を鳴らして笑った。
「海軍も、まさか海賊がこんなとこで遊んでるとは思わないだろうよ」
だから外の景色を楽しめ、と言われ、苦笑を隠して窓の外を眺めた。
大きな町は眼下に広く、地上の喧騒をそのままに留めている。この小さな箱の中では、地上のどんなできごとすらも些事にしか過ぎぬように思われた。何物の手も届かないような――しかし所詮は大地の上に繋ぎとめられた玩具でしかない。
それに、大地の延長である海には強く惹かれているのだ。まるでそこが産まれた時からの住処だというように。本能だろうか?
それとも海に捕われているのか。
よしなし事が頭を過ぎる間にも、ゆっくり、箱は降下していく。
名残を惜しんだが、シャンクスは満足したらしい。わざわざ女性物のベールや上着をまとった甲斐があったということだろう。
「ルフィがいたら、あいつも喜んだだろうなあ」
仮定でも「連れてきたら」と言わない所がシャンクスらしい。
ベックマンは笑い、頷いた。