02/秘めごと

 覚醒したのは、ドアの外に誰かの気配を感じた時だ。上体を起こすとほぼ同時に、その人は入ってきた。
「あれ? 起きてた?」
 寝てると思ったのに。空っぽの右袖を揺らして笑うと後ろ手でドアを閉め、音もなくベッドの脇に立つ。
「今起きた。……何かあったのか?」
 場所を空けてやると、シャンクスはそこへ腰掛ける。
「や、大したことじゃないんだけどさ」
「?」
「……コーヒーが飲みたくなって」
 インスタントじゃなくてミルで挽いたヤツが飲みたかったが、片手のため挽けなかったのだという。ご丁寧なことに、懐から小振りのミルと豆を取り出してくれた。
 ベックマンは溜息して懐中時計を見た。本日になって長針は一巡りもしていない。充分に深夜だ。
「こんな時間にコーヒーを飲むのか?」
 無駄だと思いながら「眠れなくなるぞ」と足す。シャンクスは笑って首を傾げた。
「眠れねぇからさ、もういっそ起きてやろうと思って」
 つまり、眠る努力を放棄したのか。訊くと悪びれもせず頷いてくれる。
 こんな夜更けにコーヒーを飲みたい理由は理解した。だが、何故また寝ているとわかっていた人間の所へやってくるのか。
「だって、お前がいれた方が旨いんだもん」
「…………」
 悪びれのない、子供のような言い訳。三度溜息し、諦めた。
 シャンクスからミルを受け取ろうとして――受け取れなかった。正確には、シャンクスが渡してくれなかったのだ。怪訝な表情で「いれるんだろう?」と訊いてやると、
「うん。オレが豆を挽きたい」
 我侭は聞き慣れた。いちいち反論するより聞き入れた方が早い。苦笑し、サイドテーブルに置かれたミルを掴む。ハンドルを掴み、勢い良く回し始める。始めは抵抗が大きく回しにくかったものが、調子付いて回している間に徐々に抵抗がなくなっていく。カラカラと手応えのない音になってようやくハンドルから手を離し、挽かれた豆を確かめる。ふわりと包むような芳香に、無意識に微笑んだ。
 キッチンから夜番の者用に沸かされていた湯とカップを拝借し、ガーゼに入れたコーヒー豆に湯を落とす。ベックマンがいれるのをじっと見ていたシャンクスは、自分の分を渡されると「ありがとう」と受け取った。
 まろやかな苦みが口中に広がる。
「うまかった! ありがとな」
 カップを置くと、再びベッドへ潜り込もうとしたベックマンに口付けた。シーツを剥がれたのには、さすがに嫌そうな顔をされる。
「……ご要望通り、コーヒーいれただろう」
「ああ。飲んだからな」
 答えになっていない。眠れないなら一人で時間を潰してくれと言いかけて、ふとある記述を思い出した。コーヒーに関する記述だ。古い文献で、内容の真偽はともかく、民間伝承の量が豊富だった。
 あの文献は、確か昼過ぎにシャンクスが持って行ったのではなかったか。
「……あんな民間伝承を信じたのか、あんた」
「嘘も方便って言うだろ」
「間違ってるぞ」
 ベックマンの腰に跨ったシャンクスは、腰布を解いていく。そのまま口付けようとしてくるのを抱き止めてくれ、大人しく貪られてくれる。
 高い鼻梁に口付け、ほとんど唇を離さないまま、ニヤリと笑う。
「媚薬だと思えば、それはそれだろ」
 付き合う身にもなれ、との反論は食われてしまった。
 彼が着た時から大人しく帰るつもりはないだろうと予測してはいたが、素直に流されてやるのも癪に障る。長い口付けから首筋を辿るシャンクスの、褐色の肩が目の前にある。
 歯を立て、媚薬を使った秘め事の名残を残してやった。
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