隣で男がかすかに歌うフレーズをどこかで聞いたことがあるような気がして、ロイは目を閉じたまま、どこで聞いたのかと記憶を探った。
口ずさむというよりは、ほとんど鼻歌だ。おまけに煙草を吸っているらしく、フレーズは煙を吸ったり吐いたりするたび、いちいち途切れる。
途切れ途切れのフレーズから曲の全体を掴むのに少々時間がかかったが、それも長くはかからない。
そうして思い出した曲名は、士官学校に通った者なら誰でも知っている曲で、懐かしいものだった。
「よく覚えてたな……」
目を擦りながら言うと、相手はこちらを振り返ってくれたようだった。
「起こしたか?」
「いや、目が勝手に覚めた。――なんでそんな懐かしい歌を?」
上体を起こすと、ヒューズは煙草を灰皿で揉み消した。部屋には彼が吸ったニコチンの臭いが澱んでいる。
灰皿に目をやれば、数本が短い吸い殻になっていた。早く起きたなら起こしてくれればいいものを、この男はいつもそうしないでロイが目を覚ますのを待っている。長い親友付き合いはそんなことを遠慮するようなものではないはずだが、ロイは咎めたり冗談混じりにも「起こせばいいのに」とも言ったことはない。
「昨日、こっちにくる前にどこかの学校の傍を通ったんだ。そしたら卒業式だったらしくて」
思い出したのさと肩を竦めるのに納得して頷いてやった。ヒューズが鼻歌で奏でていたメロディはたしか、自分たちの卒業式でも歌われたものだ。
「懐かしいだろ?」
「たしかに懐かしいが……寝起きに歌うのにはどうかな」
卒業式に歌われるように、決して景気のいい曲ではない。言ってやるとヒューズは目を細めて笑う。
「ま、そうだが……たまには感慨に耽るのも悪くはないだろ」
「朝っぱらからか?」
「二日酔いを悲しむにはもってこいだろ」
ちっとも酒が残っていない顔で言っても説得力があるはずもない。だがロイは笑って起き上がった。
「二日酔いの後の仕事は、たしかに悲しむべきものがあるな」
仕事の能率は上がらないし、そもそも書類を読むのが億劫だ。親友はロイの言葉に同意を示してくれると、「顔を洗ってくる」と言って寝室から出て行った。
酒臭くしていると、また中尉に何か小言を食らうだろうか。その小言もまた、二日酔いの頭には堪えるものだと思いながら、ちっとも酒が残っていない様子で伸びをし、カーテンを開けた。
雲のない空は、ヒューズが歌った歌が不似合いなほど突き抜けていた。