しかし、と言ったきり黙ってしまった男を、シャンクスは呆れて見下ろした。
何を迷うことがあるのか。
この男が自分について行きたいと思っていることを、シャンクスは確信している。だったらついてくればいいと思う。それを、下らない義理や何かで躊躇するのは時間の無駄ではないか。
「何を迷うんだ、いまさら」
「迷うだろう、それは」
まあ、たしかに今までの生活とは大きく異なるだろう。家族を捨てるにも躊躇いは生じるものなのだろうとも思う。
それでも。
「決めたんだろう、おまえは」
一度決めたなら、振り返ることはしなくていい。後悔など、走り出してからでもいいではないか。
シャンクスの言葉に、ベックマンは苦く笑った。
「誰もがあんたみたいに割り切れるわけじゃない」
「そりゃそうだ。でも、おまえはとっくに決めたんだろうが」
一族のために犠牲になるのではなく、シャンクスと共に海賊になるのだと。
「決めたら走れ。ついてこい」
座り込んだままの男に、左手を差し出す。咄嗟のことに対応できるように利き手は空けるほうがいいのだが、それをしない意味をこの男にわかって欲しいと思う。
「あんたは、迷わねェんだな」
眩しいものを見る目付きでベックマンがシャンクスを見上げる。シャンクスは口許だけで笑った。
この手をベックマンが取ろうが取るまいが、シャンクスはこの男を連れて行くと決めてしまっている。
「迷ってたら機会を逃す。そうそう巡ってくるもんじゃねェからな」
今がその時だと思うからこそ全力で走るのだ。頭がまよえば、海賊団そのものが迷ってしまう。仲間を本当に困らせるような真似は好きではない。
「わかったか? わかったなら、立てよ。行くぞ」
この期に及び、まだ迷っている様子のベックマンの腕を取り、無理矢理立ち上がらせた。並ぶとこの男のほうが頭ひとつ分だけ背が高い。
「皆、待ってんだ。頭が遅れるわけにいかねェだろう」
腕を掴んだまま歩き出す。抵抗もなく、引きずられるようにベックマンはついてくる。
「もう会えないかもしれないけど、とか思ってんなら心配すんな。いいこと教えてやるから」
「何?」
「世界はどうせ空で繋がってるし、海だって川と繋がってる。本当には離れられねェよ」
振り返ると、ベックマンは驚いた表情でシャンクスを見つめていた。
「なんだよ?」
「……あんたがそんな詭弁を言うとは思わなかった」
「ロマンチストと言え」
「似合わない」
「言ったな」
笑いながらベックマンの腹に軽く拳を入れてやる。軽口を言えるなら、もう大丈夫か。
「笑うなよそこで。傷付くから」
「傷付く? あんたがか?」
「意外そうな顔すんな。これでも俺は繊細なんだ」
「そいつは知らなかった。あんたが繊細なら、この世には世をはかなむような人間ばかりだな」
「うるせえ」
それより行くぞ、と駆け出したシャンクスの背をベックマンが追い掛ける。もう腕は掴まれていなかった。