093/煉瓦

 石畳の街に並ぶ家は、どれも赤茶の煉瓦の壁と白い屋根だった。
 頑丈そうな家をぐるりと見回し、シャンクスは感心した溜息を吐く。
「何だって皆が皆、石の家なんだ?」
 疑問を口にしておきながら、次の瞬間には「まあでも頑丈そうですぐには潰れないみたいだから暴れやすそうだよな」とひとりごちて納得する。
 隣にいたベックマンは紫煙を吐きながら苦笑した。彼らしい言ではある。
「何十年だか何百年だか前の国王の酔狂らしいぞ。国王命令で建物の外装を統一したらしい。この街は古い建物や家がそのまま残ってるんだろう」
「国王命令でそんなことができるのか」
「その頃は今みたいに発展した街じゃなかったらしいな。国庫から資金援助も出たらしいし」
「えらく太っ腹な王様だな」
「酔狂にしてもそこまでやれれば充分だとは思うがな」
「違いねェ」
 道を馬車が正面からやってくるのを避けながら、傍らの男を振り返った。
「うちの副船長さんは、本当に何でもご存知でいらっしゃる」
「昨日酒場で聞かされたんだ」
「へえ! 怖いもの知らずな奴もいるんだな」
「酔っ払いってのはそういうもんだろう」
 怒りもせずに、この男は酔漢の戯言を淡々と聞いていたのだろう。追い払うこともできたはずなのにそれをしないのは、ベックマンが優しいからだ。
 その証拠に、この男は本人の好むと好まざるにかかわらず、子供に大層もてる。
 見た目は恐面なので、最初はベックマンを遠巻きにしていた子供たちも、何かの契機があればあっという間にこの男に懐いてしまうのだ。子供のツボをよく知っているのだろう。もちろんシャンクスも、子供らとあっという間に仲良くなるのは得意なのだが。
 表面に出る優しさだけで優しいとは判断しがたくとも、子供たちは大人が思うより本質的なところを捉らえているのだろう。
 女たちにも例外ではないため、そちらの意味でもこの男は大層もてるのだが。
「なあ、煉瓦で船って造れねェかな」
「……また何で」
 突拍子な問いにベックマンは呆れた視線を寄越してくれる。
「木の船より頑丈そうだろう」
「それだけの理由で石の船が良いなら、この世の船は全部、石で出来てるだろうよ」
「そういやそうだな。何で石の船がねェの?」
「簡単なことだ。――水に浮かない船は船じゃない」
「……なるほど」
 それではどんなに船が頑丈でも、造る意味がない。
 ま、いいかと呟き、シャンクスはベックマンの肩を叩いた。
「頑丈な男だけで我慢しておく」
「――ぜひともそうしてくれ」
 笑いながら吐き出した紫煙の先にはやはり、赤茶の道が続いていた。
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