最近になって気付いたことがある。
目の前にいるこの男。殺し屋を稼業にしているこの男が私の部屋へやってくるのは、たいてい何かを負っている時なのだ。
仕事のことか、他のプライベートか。
叶が仕事に失敗をすることは、少なくとも今までにはなかった。彼が生きてここにいるからだ。
彼は失敗する時は死ぬ時だと公言して憚らない。実際そうなのだろうと思うが、この男が生きて私の目の前にいる以上、なかなか想像し難いことではある。
何を引きずってここに来るのかは知らないが、ただ下らないお喋りをしながら酒を酌み交わして夜を明かすこともあれば、それを途中で切り上げてセックスに及ぶこともある。
基準が何なのか、私は知らない。ただ叶に付き合ってやっているだけだ。我ながら酔狂だとは思う。
今晩はどちらになるのか、私は測りかねていた。どちらでも構わない。するにしても、偶然ではあるが、叶が来る前にシャワーを浴びていて良かったと思った。その程度か。
その時は店の話をしていたんだと思う。叶が経営しているという、代官山のカフェバーの話だ。そこはドリンクメニューだけでなく、フードメニューもちょっとしたものなのだという。たまに東京に行く時にはそこで食事することもあると言うから、まずくはないだろう。
まずい飯をわざわざ作って客に出す真似はありえないと、以前に言っていたことを思い出す。どうせ腹に入ればおなじだが、言いたいことはわかる。その店で、季節が変わるからとメニューを入れ換えたらしい。その新メニューについて感想を細々と話してくれた後に、少し無言になった。
不意に、叶が体を寄せてくる。猫がやってくる時のようだ。意図が知れない。グラスをローテーブルに置くと、そうすることが自然だとばかりに私を抱き寄せる。
「……暖かいな」
「そりゃあな」
床に落とすのはいただけないので、私もグラスをテーブルに置いた。柄ではないが、叶の肩と腰のあたりに手を回して撫でてやった。まったく、本当に私の柄ではない。
叶は深く息を吐き、私の体に回した腕の力をこめた。必然的に私は叶の胸へますます体を預ける。
「暖かい……」
返事は返さなかった。独言だと思ったのだ。
叶の頭が私の肩の辺りに落ちる。吐息が首にかかるのは、こちらを向いているからか。
「……もう少し……」
このままでいさせてくれと、静寂に溶けてしまいそうな声で。
らしくねえよ叶。
思ったが言わずにおいた。年に一度くらいなら、こういう日があってもいいだろう。ここで突き放すこともできるし普段ならそうしていたのだが、そうするには叶の声音はあまりに儚すぎた。
あともう少しの間なら、こうしててやる。
言葉にはせず、背中に回して撫でる掌でそれを伝えてやった。
叶の体も、暖かかった。