086/蝋燭

 背中が冷えて、シャンクスは目を覚ました。薄目を開け、まだ暁が訪れていないことを知る。
 鼻腔を慣れた煙草の香りが擽り、己が目を覚ました理由を悟る。何によってか共寝した相手は夜中に目を覚まし、喫煙しているらしい。男の温もりが去って裸のままの肩や背中が冷えたから自分も目を覚ましたのだろう。
 身じろぎもせず、煙草の香りを楽しむ。瞼の裏がほんのり明るいのは、明かりが点いているからか。いや、明かりはベッドへ男を引きずりこんだ時にも点いていたか。夜の始まりを思い出そうとしたが、どうにもうまくいかなかったのでやがて諦めた。
 窓が揺れる音がしているが、開けてはいないのだろう。風はちっとも入ってこない。ベックマンは眠っているシャンクスに遠慮したのかもしれなかった。
 秋になり、空気は涼を増した。夜になるとより明確にそれがわかる。街にはもう半袖はほとんど見られず、コートを着ている者すら見掛けた。今も、夜気はシャンクスの肌を冷ややかに舐め、体温を奪っている。いつまでもこのままなら、風邪を引いてしまうかもしれなかった。
 吸い終わったらしく、灰皿に煙草を押し付けた気配がした。明かりも消したらしい。それからほんの少しだけ間があり、ベッドのスプリングが軋む。
 肩に、ほんのわずか、かすかな温もりが落ちた。一瞬で離れてしまったが、シャンクスはそれが何か正確に悟り――笑いだしそうになるのを懸命に堪える。
 肩に口付けるくらいなら、唇にすれば良いものを。
 それでも機嫌はよかった。唇にされていたら、これほど上機嫌にはならなかっただろう。自分でも不思議なほど、シャンクスはベックマンがこっそりくれた肩への口付けを気に入っていた。
 起き上がらなくて良かった。思いながら、寝ぼけたふりで男の胸に擦り寄った。
 相変わらず窓は風に吹かれてけたけたと笑っていたが、そんなことは気にもならずに眠りの淵へと誘われようとしていた。
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