何を考えているのかさっぱりわからない。出会った時も、今も。
自分がわからないだけなのかと思ったが、そうでもないということを桜内や宇野との会話で知った。勿論、誰しも完全に自分以外の人間が考えることなどわかるはずもないが、と二人はカウンター席で笑っていた。その中でもとりわけ下村の気持ちを量るのは難しそうだ、とも。
それでも坂井は下村の考えていることがわかりたいと思う。わかったなら、彼に対してもっと気の利いたことができるのではないかと考えているからだ。
そうすれば、下村と今より仲良くなれるのではないか。距離が近くなるのではないか。
卑屈にも、そう思ってしまうのだ。
「坂井? こけるなよ」
間近で下村の声がして、慌てて顔をあげる。予測もしていなかった至近距離に、頬が熱くなる。
この男はきっと、自分が彼に抱いている気持ちに気付いていない。気付かなくて良い。拒絶されてしまうくらいなら、気付かれずにひっそり思うが良いのだ。
なだらかな鼻梁に視線を落とすと、「すまねえ」と返し、また歩く。
日の高いうちから男が二人、並んで砂浜を歩く様は、もしかしなくとも奇異だろう。時期は幸いにして海水浴シーズンを外しているとはいえ、天気の良い日曜、誰に見咎められるとも知れない。坂井を海へ誘った張本人である下村が、そんな所まで考えているとも思えないが(考えていたら、そもそも海へは来ないはずだ)。
二歩前を歩く下村の肩越しに、長い前髪がかかった目許を見つめる。その瞼に、頬に触れたくてたまらない指先からの欲求は、拳を作って堪えた。唇がかすかに動いているのは、歌を口ずさんでいるから。送り風に飛ばされ、何を歌っているのかはわからない。坂井はその唇に触れて、口付けてしまいたいとさえ思っている。
行動に移せないのは、保身だとわかっている。男から口付けられて下村がどう思うかまでは、気が回っていない。
キスして殴られるのは構わない。けれど、キスしたせいで下村がこの街からいなくなってしまったら、どうすれば良いのだ。下村を引き止める権利など持っていないことも、坂井は理解している。
ただの友達だったら、どんなにか楽だっただろう――
「なあ、坂井」
ひょいと振り返った下村が、柔らかに微笑む。街にやってきた時にはちらりとも見せなかった、この男の暖かな片鱗。
そんな表情を見せてくれるな。
大声で言ってしまいそうになるのを、腹に力を込めて堪えた。こんな顔を、下村は親しくなった人間以外には決して見せない。そのことに気付いた時にはもう、惚れているとはっきり自覚した。つい数日前のことだ。
「俺の左手は、海に捨ててくれたんだよな?」
「ああ」
それがどうしたというのか。
「不思議な感じがする。俺の体が海に溶けたり魚に食われる、なんて」
この海の一部になったってことかな。
微笑む下村に暫時見惚れ、返事にはやや不自然な間があいた。
「……海に失礼なことを言うな」
ぽかんとした下村が、次いで「やっぱりそう言うか」と苦笑する。
心の中では同意をしたんだ、という言い訳は、結局その後もできないまま、下村は逝ってしまった。