「この船に乗ったのは間違いだったと思うか?」
酒場での喧騒は同じテーブルにいる者との会話すら困難に陥れる。だからヤソップのその言葉がベックマンの耳へ飛び込んできたのは、偶然だった。発言したヤソップ自身、ベックマンに訊いたわけではなく、手近にいた仲間を捕まえての言葉だったが、その後の会話はもうベックマンには届かなかった。
カウンタの隅の席で手酌でバーボンを注ぎながら、ベックマンは先のヤソップの言葉を反芻した。
赤髪を頭と仰ぎ海賊になり、もう二十年近くになるだろうか。振り返ってはじめて、流れた月日が短くはないことを知る。
苦労も多かった。飢えに苦しんだのも一度や二度ではない。巨大な嵐に船がやられ、漂流したことすらある。
それでも、
この船に乗らなければ良かったなどと――思ったことは一度もない。皆が皆、自分と同じ考えだとは楽観しないが、苦楽を長く共にしている仲間たちはきっと、同じ思いではないだろうか。
赤髪がいるから。
だからこそこの船に乗り続けている。
「おう、なんかいいことでもあったのか?」
気安い調子でベックマンの肩を叩き、隣に腰を下ろしたのは赤髪本人だった。顔が赤いのは、相当飲んだということか。
細い葉巻の煙が流れていくほうを眺めながら、ベックマンは口の端に笑みを刻む。
「海賊になって良かったなあ、ってな」
「はあ?」
眉の片方を跳ね上げたシャンクスは、持っていたジョッキを呷る。
「――今更、なに言ってンだよ?」
「改めて思ったのさ」
「これからだって何度でも思うのに?」
首を傾げるシャンクスは真剣そのものである。ベックマンはにやりと笑い、グラスを目のあたりまで掲げて見せた。
「何度でも思ったって、さ」
死ぬまで海賊になったことを後悔することはあるまい。こんな楽しい酒が飲めるなら、何度生まれ変わっても海賊になりたいものだ。
ベックマンの言葉に、今度はシャンクスが笑む。
「次もオレがおまえを誘うと思ったら大間違いだ」
「敵同士になるのもいいじゃねェか」
戦場でシャンクスの剣と交える。どんなにか昂揚するだろう。その時はできるなら、利き腕と戦いたいものだとベックマンは真摯に思う。
シャンクスは満更でもない表情で酒を呷る。口の端を右手で拭った。
「――それも、海賊だな」
悪くない。
悪党の顔で笑うとベックマンの肩を叩き、また騒がしい仲間たちの輪の中へ戻っていく。
どのような生を送るにせよ、あの男とまた出遭えるなら――楽しくならないはずがない。一息にバーボンを空けるとまた注ぎ、今度は小さくグラスを掲げた。シャンクスに出遭えたことを今日ほど心から祝える日は、もうこないかもしれない。
そんなことを考えているということは相当酔っ払っていると自覚しつつ、ベックマンは一人で乾杯した。