「なんて顔してるんだ」
夜中にやってきた叶の顔を見上げ、桜内は苦笑した。
「まるで捨てられた犬みたいだ」
いや、猫か。
水滴の滴る髪を掻き揚げてやりながら、闇色の目を覗き込んだ。常より暗いのは仕事が終わった後だからか。
「そんな顔するなら、殺し屋なんて辞めちまえ」
台詞とは裏腹に、桜内の表情は優しい。座ってろと壊れかけた椅子を指すと、診察室から一度姿を消した。すぐに戻ってきたその手にはタオル。
「風邪引くぞ。俺の手を煩わせるんじゃないよ、おまえ」
何も答えない叶の頭にタオルをかぶせ、そのまま乱暴に拭ってやる。
まったく、今日の叶はいつもと様子が違っていた。桜内も調子が掴めないでいる。
「なぁ、なんか喋れよ」
お喋りな殺し屋らしくもない。
揶揄すると、叶は初めて表情を歪めた。
――泣くのかと思った。
「……叶」
声はくぐもり、苦しげである。叶にきつく抱きしめられたからだ。
何があったのかはわからないが――今はこのままにしてやろう。
この代金は高くつくぞとは心の中でのみ呟き、桜内は叶の背に手を回して撫でてやった。