友人関係にしても年齢が離れている場合、時に話題が噛み合わない場合もある。ひとつふたつなら微少かもしれないその差は、七ツも離れていると多大な差になってしまうのだ。
世間で年上の相手と付き合っている、という人間は珍しくはなかろうが、七ツも上の相手と付き合っている人はどれほどいるのだろう。
当の相手の横顔を眺めながら、有栖川はそんなことを思った。
(年上ちゅうんはともかく、同性ゆうほうは、おらんやろなあ……)
有栖川の隣で文庫本を読んでいる人物。髪こそ肩につきそうな長さだが、性別は正真正銘の男性だ。体格を見れば彼の性別を間違える者などいないだろう。
江神二郎。有栖川と同じ大学の三年先輩にして七ツ年上の、いわゆる恋人である。
(恋人、ねぇ……)
さてそれはどうなのだろう。有栖川は自分で思ったことに首を傾げる。相手を恋人と認識しているのは、自分だけではあるまいか。江神の言葉や表情、態度によってではなく、空気でそう感じてしまう。
人当たりの良さを自分のいいように受け取っているだけなのではなかろうか。その疑問は二人きりでいる時には何度か頭を掠めることだ。一生懸命相手を思っているのは自分だけではなかろうかと。
「なんか顔についとるか?」
読んでいる本から顔を上げずに問われた。有栖川は慌てて首を左右に振る。江神とのことを考えるあまり、彼を凝視していたらしい。
「なんかあったんか?」
「なんか、って……」
「親の仇見るみたいに見てるから」
そんなに恨みがましい顔で見ていたのか。有栖川は身を縮こませ、頭を掻いた。
「――本、おもろいですか」
「うん、結構読める。アリスにも読み終わったら貸したるからな」
視線は本から外さないままなのに、江神が伸ばした手はちょうど有栖川の後頭部に置かれ、そのまま撫でてくれた。口を尖らせて抗議したくなるのは、子供扱いされたと思うからか。
「そんな顔しとったら、可愛なくなるで」
ようやくこちらを見てくれたが、それも数秒のこと。有栖川は江神の横までくると、ぴたりと身を付けた。江神の肩のあたりに頭を預ける。覗き込んだ小説はそろそろクライマックスに近付いているようだった。本文を見ないように、頁を捲る長い指を見つめる。人差し指と中指で挟んだキャビンまでもが、まるでひとつの造形をなしているようで美しい。
「なんや、ほんまに猫か小さい子ぉみたいやなあ」
吐息を微笑に震わせながら頭を撫でてくれる手を取って、親指の付け根あたりに噛み付いてやった。せっかく二人でいるのに、本ばかり読まなくてもいいではないか――有栖川の内心の抗議が届いたのか、江神は本に栞を挟むとようやく有栖川に顔と体を向けてくれた。
「なんや、今日は甘えたさんやなあ? 何かあったんか?」
「……別に……」
歯の裏まで出かかった言葉を抑えたのは、有栖川なりの虚栄と見栄だ。
――ほんまのところ、あなたは僕をどう思っているんですか?
清流を濁らせる墨のような疑問が外に漏れることはない。それとも聡い江神が何も訊いてこないというあたりで、もう答えは出ているのだろうか。
(それならどうして、)
キスや体の求めに応じてくれるのか。
答えを聞く恐ろしさの前に、有栖川は無力だった。