080/同時

 レナに坂井と下村が入った時、叶と宇野と桜内がカウンターにいた。後で坂井に聞いた所によると、その時ものすごく嫌な予感がしたのだそうだ。
 コーヒーを二つ頼むと、二人はテーブル席に座った。
「相変わらず仲が良いな」
「おかげさまで」
 桜内の軽口に平然と答えるのはいつも下村だ。坂井などどういう意味で言われたのかを勘繰ってしまい、その結果いつも付け入る隙を与えてからかわれてしまうのだが、どうやら下村は言葉通りにしか受け取らないようにしているらしい。いつも人の言葉の裏を探っている男の台詞とも思えなかったが、そのほうが良いということくらい坂井にもわかる。わかっていてもできるものではないのだ。
 コーヒーは、予想よりずいぶん早く出された。いつも注文から十五分は確実に待つのに、今日はどうしたことか五分ほどしか待っていない。よもやインスタントということはありえない。香りはいつもと同じだった。
 給仕してくれた菜摘を見上げたのは、下村と同じタイミングだった。それに気付いたのか、菜摘は笑いを堪える表情で種明かしをしてくれる。
「叶さんがね、教えてくださったのよ」
「叶さんが?」
 声に出した疑問までが同時だったのは、いささか気恥ずかしい。カウンタを見れば、体をややこちらに向けた叶が澄ました顔をしている。
「おまえら、映画観てただろ」
 坂井には返す言葉もない。まさか叶は、彼が使っている連中に自分と下村を張らせて行動の報告でも受けていたのだろうか。いや、そこまでするとは――思いたくないのだが。
 問うたのは、やはり下村だった。
「何で知ってるんですか」
「簡単な話さ。同じ映画館で同じ映画を観た。もっとも、おまえらがいるのに気付いたのは俺じゃなくてキドニーだが」
「宇野さん?」
 叶の隣に腰掛けていた宇野は、コーヒーカップを持ち上げながら「ああ」と頷いた。
「おまえらは真中くらいの席にいただろう。俺たちは後ろのほうの席だったから気付いたんだ」
「よく気付きましたね」
「あんなでかいポップコーン抱えて入ってくりゃ、嫌でも目立つぜ」
 宇野の言葉に吹いたのは、坂井と桜内が同時だった。二人とも、吹いた意味は異なるのだが。
「坂井……ポップコーンなんて食うのか」
「……映画っていったら、ポップコーンでしょう」
 ばれているのなら下手に隠し事はしないほうが良い。カウンタにいる三人はN市の中でもトップクラスの人の悪さを持つ男たちだ。まして下村にフォローを望むのもできない。
「二時間以上もじっと座ってられませんよ」
「腹が減るからか」
「――ええ」
「それで、コーヒーと何の関係が?」
 坂井の予想外に、話の軌道修正をしてくれたのは下村だ。きっと下村には助け舟を出した意識などはないのだろうけれども、結果的に助かったわけで、坂井は心の中で下村に手を合わせた。
「ああ、あんなでかいポップコーンを食ってたのに、飲み物を持ってる様子がなかったからな。絶対に喉が渇くから、観終わったらレナに来るだろう、と」
「クレジットが出る前に俺とキドニーは映画館を出たから、どうせおまえらも来るだろうってことで、先に頼んでおいてやろうと思った、というわけさ」
 おわかり?
 坂井に向ける叶の視線は笑いを含んでいる。そんなにわかりやすい行動だろうか。――予想は合っていたわけだが。
 坂井の心情をよそに、下村は感心したように頷いた。
「気を遣ってもらってありがとうございます」
 途端、桜内はテーブルに突っ伏し、肩を震わせる。宇野は苦笑し、叶はにやにやと笑い、坂井は――海のほうを向いてコーヒーを飲んだ。
 さっさと飲み干して早々に退散するのが良い。
 しかしその意を下村が汲んでくれるかどうか――。
 カウンタに見えない角度で溜息をつき、次に映画を観る時は市内で見るのは止めようと心に決めたのだった。
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