075/見つけ出せ

 赤髪海賊団の副船長ベン・ベックマンは、島の地図を前に頭を抱えた。
「……あの、馬鹿船長……ちっとも学習してやがらねェ」
 吐息混じりに低く漏らした声は不穏を孕み、獰猛ですらある。あるいは屈強な男ですら震え上がったかもしれない。
 とはいえ――至って常識的な人間なら、声音に怯んだ後、ベックマンの発言内容に青褪めたかもしれない。海賊船に乗る以上、船長とは海賊団の頭を示すだろう。その船長を悪し様に罵るとは、と。しかしこれが赤髪海賊団の者であるなら話は変わる。彼らはげらげら笑いながら、ベックマンに同情してくれるに違いなかった。同情は要らないからあれを何とかしろと、ベックマンなら言ったかもしれない。
 実際、船長――シャンクスをどうにかしてくれるなら、いっそ悪魔でも構わない心境にある。悪魔に恐れをなすような可愛い気のある男ではないのだ、赤髪のシャンクスと呼ばれるあの男は。
 恐れぬどころか、肩を組んで飲み明かすくらいの真似はしてみせるかもしれない。何しろシャンクス自身が敵や海軍に『悪魔』と形容される男であるし、それ以上に一風も二風も変わった男でもある。どんな悪罵でも笑って命名者のセンスを褒めそうだ。
 悪魔というなら、正に悪魔だ。敵船や海軍とは違う意味でベックマンは彼らに同意する。
 そもそもの原因は、宴だ(シャンクスなら「敵の襲撃だ」と主張したかもしれないが、きっとベックマンはそれを斥けるだろう)。
 戦に快勝した赤髪海賊団は、大いに飲み、食べていた。敵の食料をいくらか分捕ったので余剰ができたおかげだ。そのうちのほんの少しは備蓄に回されたはずだが、気休め程度にしかならないことは皆わかっている。もっとも手持ちの食料を心配するほど逼迫しているわけではないが、保険というやつだった。
 そのけたたましくも賑やかな宴の席で、シャンクスは言ったのだ。
「明日着く島で、隠れ鬼をするぞ!」
 酔っ払いの戯言だ、いつものように朝になれば忘れてしまうに違いない。屍屍累々といった様相の甲板で一人冷静に判断した副船長だったが、この時ばかりは彼の予測は外れた。朝――正確には昼前――起き出したシャンクスは、遠くに見える島影に喜びながら、「隠れ鬼にはもってこいじゃねェか」とのたまった。
 大半の者が頭の上に疑問符を飛ばしたが、シャンクスは昨日言っただろと口を尖らせながらも嬉しそうに己の計画を仲間に披露してくれたのだった。加えて、彼は昨晩にはベックマンが聞いていないことを言い出した。
「見付けた奴には勿論褒美を出すぞ!」
 どういうことかと狙撃手であり幹部であるヤソップが問うと、彼は胸を叩いて気前の良く、
「俺が何とかできることなら何でもアリだ」
 と言い切った。
 仲間たちはどよめき、互いの顔を見合わせあってはいるものの、積極的に反対することはない。一抹の不安を覚えたベックマンがあえて問うた。
「隠れ鬼は普通、鬼が隠れた者を見付ける遊びだと思うんだが」
「オレの隠れ鬼は、皆が鬼を見付けるんだ。一人を皆が見付けるんだぞ? 勝負としては楽だろ」
 勿論シャンクスのそのような言葉に惑わされるベックマンではない。一人を見付けるのがどんなに重労働か、不本意ながら過去にそれを強いられた身としては忘れてはいない。
 しかしシャンクスはすっかりやる気であり、仲間の中には――酔狂にも――興味を示す者もいたので、船長の言葉通り、次の島で隠れ鬼は開催された。
 無人島だったのは、幸か不幸か――。
 外ではベックマンと見張りとして船に残った者以外全員が気まぐれな船長を探している。驚くべきことに、今日で三日目になる。
 おそらく、本気で隠れているシャンクスを見付けるのはたやすくあるまい。しかし彼は見付けて貰うために隠れているので、捜し出してやらねばまた新たな厄介事を持ち掛けてくるであろうことは容易に想像できる。
 やる気はなかったのにやらざるをえない状況になってしまったことを苦々しく思いながら、ベックマンは島の地図を見下ろした。
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