073/無知

 まったく、知らぬとは恐ろしい。
 ベックマンは吐息すると、ズボンのポケットを無意識に探った。愛飲している煙草を取り出すと、くわえて火を点ける。慣れた苦みに安堵を覚えながら、周りを見渡した。
 広葉樹が鬱蒼と生い茂り、晴れた昼間にもかかわらず雨が降り出す前のように暗い。足元の土は落ちた葉に覆われ、かさかさと音をたてる。どこかで獣が鳴く声がした。あたりに響いているため場所の特定は困難だが、獣の一匹や二匹は恐れるに足らない。
 秋の実りはきっとこの森の中も平等にしてくれているに違いない。だから飢える心配はあるまい。いざとなれば木の皮を剥いででも食い繋げば良い。
 食料事情より大きな問題がある。
「……今度から、俺の話はしっかり聞いてくれ」
「苦労するねえ」
 この場にいない男へのぼやきは、間近にいた船内一の狙撃手に拾われてしまった。
「そう思うなら、おまえらもあれをどうにかする方策を考えてくれ」
「おれ達にゃ無理さ。あの人を筆頭に着いてくのが精一杯でね」
「…………」
 どうする気もないと言われるより質が悪い。ベックマンは気忙しく煙草を灰にした。
「ま、今回は全面的にお頭が悪いけどなあ」
 磁石も正しい方位を指さない森に一人で突っ走って入ってしまった。手立てを副船長であるベックマンや幹部が考えている時に、である。無論、そんな森に入るのはお宝の情報を入手したからだ。入るなら入るで準備も必要だというのに、あの男はそれらすべてをすっ飛ばして行ってしまった。
 入るだけなら一向に構わない。ただし帰って来れるなら、だ。
 地図も磁石も持たないシャンクスが迷わず戻ってくるとも思えず――結果、十人一班を五班作り、別々のルートをとってお宝を目指すことにしたのだ。どこかの班がシャンクスと合流したら、合図に花火を打ち上げる手筈となっている。何事もなく合流できればいいのだが。
「そりゃ無理だろ」
 つれなく言ってくれたヤソップを睨んだことを、誰が咎められるだろう?
 誰にも何も言わせるものかと、ベックマンは拳を強く握った。
 捜索に不安を抱いてはいないが――何しろシャンクスの悪運はベックマンが知る人間の中で一番強い――船員達の物見遊山ぶりはどうだ。
 腹立ち紛れに、肉食の獣でも現れてくれないだろうか。物騒なことを考えながら道を踏み締めた。
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