070/迷路

「どうしたんだ、にやにやして」
 控えめに表現してもおかしいぞと下村が皮肉を言っても、坂井は頬を緩めたままだ。先ほど煙草を買いに少し離れ、戻ってきた時からこうである。不審に思わないほうがおかしい。
 下村に変だと言われても、坂井の顔はだらしないままだ。
「ま、いーじゃねえか」
 それよか行こう、と下村の腕を引っ張る。下村にしてみれば訳がわからなかったが、機嫌が悪いよりはよほど良いかと思い直し、坂井をにやつかせている原因をそれ以上問うことはしなかった。
 どうせ坂井の考えていることなどわかりはしない。わかろうとするだけ迷宮に迷い込んでしまうのだから。
 結論付けると、坂井の指に自分の指を絡めた。びっくりした顔で坂井が振り返ったのも、素知らぬ顔で流してやる。
 坂井のことがわからなくても、繋いだ指が離されないことくらいはわかるのである。
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