069/変り種

 大学のラウンジで、僕は江神さんの端正な横顔を眺めていた。
 江神二郎という人は一風変わった人物で、出会った時から僕の好奇心を刺激して止まない。豊富な知識はミステリというジャンルのみにとどまらず、彼が専攻している哲学や心理にも造詣は深い。
 造詣が深いから、という理由だけで、彼の洞察の鋭さを説明することはできない。そればかりではなく、江神さんは本当に魅力的な人なのである。
 僕より大きな身長、肉体労働で培われた逞しい胸や背中。手は大きく指は細い。声はやや低く、ミステリを熱く語る時には話し方の上手さもあって、つい聞き惚れてしまう。真面目な表情も素敵だが、ふと漏らす笑顔もまた、魅力的なのだ。これは決して、贔屓目だけではない。
 ここまでの話でおわかりの方も多いと思うが――僕、有栖川有栖は、江神さんに惚れている。男惚れというか何と言うか、とにかく江神二郎さんが好きなのだ。そうして、いかなる天変地異か――江神さんも僕のことを好きだと言ってくれて、めでたくも非公認にお付き合いをしている状態にある。
 通った鼻梁に優しい曲線を描いた眉。その下の瞳は時に鋭く煌めくが、今はミステリの新刊を読んでいる。表情は穏やかで、時折煙草を口許へ運ぶ動作以外、静かなものである。
 江神さんといると、沈黙すら苦ではない。
「有栖、そないに見よったら穴が開いてまうよ?」
 本から視線を上げず、江神さんが笑う。僕の視線を江神さんが気付いていたことくらい、僕だって気付いてる。だからことさら慌てることなく、テーブルに置いたままの紙カップに手を伸ばした。すっかりぬるくなったコーヒーは、湯気すら上げていない。
「穴が開くほどには、見てませんよ」
「そうか? ほんなら、俺達の後ろでモチと信長が遠巻きにしてるんは気のせいかな」
 慌てて振り返ると、江神さんの言葉通りにミス研の先輩であるモチこと望月、信長こと織田が決まり悪そうに立っていることに気付いた。
「……気付いてたんなら、言うてくれたってええやないですか!」
 小声での抗議は一笑に付された。
「すまんな。あんまり有栖が一生懸命に俺を見つめてるから」
 江神さんの言葉に僕が机に突っ伏してしまったのは、仕方ないことだと思いたい。
>>> next   >> go back