「何してるんですか」
問う有栖川の声はすっかり呆れたもので、見咎められた江神は照れをごまかすようにわざとらしく咳をした。
有栖川が江神を見付けたのは、江神の下宿間近にある空き地だった。背中しか見えなかったが、緩いウェーブがかかった長い髪と見覚えのあるシャツで彼と知れた。
ただ背中が見えただけだったなら呆れることもなかったのだが、しゃがみこんでいる江神が何をしているのか気になり、回り込んでみると――腹を見せている猫を、熱心に構っていたのだった。
「……見ての通りや」
目が合うたら寄って来たから、つい。
有栖川に応じる間に止まった手を咎めるように、猫が鳴いた。野良猫にしては随分人に馴れているようだから、おそらく飼い猫だろう。江神はすぐに猫の腹や顎を撫でてやる。なんとなくつられるように有栖川も江神の隣に座り込み、猫の腹や脚の付け根を撫でてやった。
何か釈然としないものを感じ、江神を窺う。彼は優しい表情で猫に触れていた。
煙草を挟む指が、猫の顎の下をくすぐる。口許に浮かぶ微笑、慈愛すら含まれている瞳。
(ああ……)
理解した。
(妬いてるんか、僕は)
江神があまりに優しい表情を見せているから。そうさせている猫に、嫉妬しているのだ。
獣相手に嫉妬するなど、愚かしい。わかっているけれど、江神の表情を見ていると猫を今すぐこの場から追い出してしまいたい衝動に駆られる。
有栖川と二人きりでいる時にも穏やかで優しい表情はするが、こんなに無邪気に、警戒心もなく触れて貰えるなど、それだけで嫉妬に値するというものだ。江神のほうから有栖川に触れることが滅多にないだけに、なおさらだった。
触れる触れないだけでなく、江神は全般的に淡白だと、有栖川は思う。二人の関係も、自分が押し切るようにしてしまったので、負い目のようなものがあるせいも、多分あるだろう。
(いっつも、僕が我が儘言うてばっかりやし……)
江神はほとんど我が儘を言わない。有栖川があれをしたい、これをしたいと言うのを、ただ許してくれる。反発や、拒否されるよりはよほど良いのだろうが、もう少し何か求めてくれたらと思うのは、これも有栖川の我が儘だろうか。
自分が猫だったなら、撫でられながら江神の心を開けたりするだろうか。そう思ってまた猫に嫉妬した。