己の目に映るものがこの世のすべてではないと、ベックマンは知っている。世界は個人が思うより広く、案外狭い。
己で見る世界は、海の上なら海賊船ひとつ分。あとはせいぜい空と海。同じ船に乗る仲間たちの顔触れが毎日変わるわけではないし、船の内装も変わらない。各人の行動に変化がないでもない。
さて、彼らにはこの船、この道行、この世界がどう見えているのだろう。
やむにやまれぬ事情がない限り、船や海が嫌いで海賊になるはずがない。赤髪海賊団に限って言えば、海や海賊稼業、あるいは頭であるシャンクスが好きで海賊になった者たちばかりだ。かくいうベックマンもシャンクスの人柄に惚れて海賊を選択した口である。
同じ海賊でも、彼らの見ているもの、見えるものはベックマンと異なるに違いない。彼らそれぞれが見ているものすべてを知りたいとまでは思わないが、興味はある。何より、己らの世界の大半を締めている、シャンクスという人物はどのように見えているのだろう。
「小難しいこと考えてんなぁ」
消灯間際にベックマンの部屋へ押しかけてきたシャンクスは「何か話せ」と一方的に言って寄越し、特に話すことはないがと前置きした上で、ベックマンは昼にぼんやり思ったことを話した。
シャンクスは笑う。「オレにはよくわかんねぇけど、」
「自分が見れる、見てる世界がそいつのすべてだろ? オレは見てないものが一杯あると思うからたくさんのものが見たいし、そのために海を渡ってるんだしな。そんなオレでも、わかったことはあるんだぜ?」
「なんだ?」
「この世は、見ても見ても見足りないってこと」
海も空も、大地も人もそれぞれの営みも。どれも同じものはない。
「おまえが見てるものとオレが見てるものはたしかに違うんだろうけどさ。同じだったらつまらないと思うぞ?」
どんなことで喜怒哀楽を示すか。違うから、試行錯誤して色々な反応を楽しみたい。
「基本的には、楽しけりゃいいんだけどな。オレは世界は楽しいもんだと思ってるし」
おまえは楽しんでるか?
顔を覗き込まれ、じっと深海色の瞳に吸い込まれる。シャンクスもこの世界のひとつであるならば、それだけで世界は飽きずに楽しめる。
ベックマンは頷くと、愛飲している煙草に手を伸ばした。