062/こわい

※061オンラインの続きのようなものです。

 自分で自分が愚かしいと、江神は思う。しかし人間は『わからないもの』への本能的な恐怖をやすやすと断ち切れまい。
 同じことなのだ。
 しかし命日が近付くたび、否応なしに考えさせられる。命の期限は果たしてあの母が宣告した通りなのかと。
 二十歳にならず死ぬだろうと告げた母。二十歳を待たずに逝った兄。偶然と片付けるのはたやすい。そして三十歳へ達することなく死ぬと宣告された自分。
 死にたくないというのも、ないわけではない。しかし漠然とした気持ちより、明確な意志がある。狂った人間の訳のわからぬ託宣などに、己の死を予言されたくはない、と。ノストラダムスに己の死を予言された王は、果たしてどのような思いで馬上槍試合に参加したのだろうか。
 普段は気にしないと思っていても今こうやって考えてしまうのは、期限が間近だからだろうか。
 散り行く木葉の一枚のように、いっそ何も考えずに散ることができたなら、歳を取るたび、兄の命日がくるたびに、こんな思い煩いをしなくて済むだろうか。
 ふと視線を感じ、そちらへ目を向ける。顔馴染みの後輩が、不思議な顔でこちらを見ていた。
「アリス。おまえも日光浴か?」
 声をかけると、有栖川は「ええまあ」と口の中でもごもご言いながら、何故か悲しそうに頷いた。
「隣、座ってええですか?」
「勿論」
 隣に座って、何を話すでもなく空間を共有している。そんな時間は、江神は嫌いではない。それは互いが落ち着いている時の話で、今はやや状況が異なる。隣に座る有栖川の様子は、落ち着かないものだった。
 江神の下宿にやって来た時もしょっちゅう落ち着きがないことはあるが、その落ち着きのなさとは違うように思える。何が彼の気を削いでいるのか。その原因が気になる程度には有栖川のことを気にかけている。ただし、本人には悟られないようにしなければならない。
 そんな面倒なことをするのも、自分のためだ。身の保身だ。自分が卑怯で臆病な人間だということを、江神は自分でわかっていた。なるべく他人に悟られないよう、外面も良くしている。
「……珍しく元気ないみたいやな。どないしたんや?」
 この程度は訊いても大丈夫だろう。判断して問うと、有栖川は首を振る。
「そんなことはないですよ」
「そうか?」
 俺の思い違いならええんや。微笑む自分はなんと卑怯者か。この後輩のなんと憐れなことか。
 本当に数年先を恐れているなら、親しい者など一人も作らなければ良いのに。それができない自分自身の身勝手さを憂い、そんな自分のどこが良いのかわからないが――好いてくれているという有栖川を、疎ましくも好ましいと思う。
 茶に枯れ、散りゆく葉を眺めながら、江神は隣の後輩に気付かれないようにしながら深く溜息を吐いた。
 本当は誰かに縋り付きたくて仕方がないのだと、江神自身が一番よくわかっていた。
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