私が今年の査定を思い出したのは、昨晩のことだった。それも有能なる右腕、ホークアイ中尉に「そういえば」と話をふられて思い出したのだから、汗顔の至り。
別の仕事に追われていたから、などという言い訳は通用しない。レポートは日々の手隙時に手を付けていれば、今回のように期限が間近に迫ってから思い出しても、慌てる必要がないからだ。――これも我が有能なる右腕の発言だ。まったくもって彼女の言う通りなので、私にできることは、頭を低くして有り難くお言葉を拝聴するしかない。下手に反論すればどうなるかくらい、身をもってよく承知しているから。
ともあれ、レポートを書いていなかっただけで、書くための下準備はできていた。その油断もあり、レポート自体に手を付けていなかったのだが。
中央に来たのは何も査定のためだけではないのだが、査定も当然視野に入れていた。にも関わらず忙殺されてしまうとは、我ながら情けない。
「大佐ぁ。終わるんですか、本当に」
軽口を叩いて寄越すのはハボック少尉だった。この男は休暇を取って中央に来ていたらしいが、休暇中なら軍部にやってくることもあるまいに、物好きな男だ。そういえば昨日も顔を出していた。
「……人の心配をするより、自分の心配をしたまえ、ハボック少尉」
新しい恋人とは上手くやっていっているのかと威嚇の微笑を浮かべてやると、彼は肩を竦めて机へ戻っていく。閉められたドアの音すら、頭に響いて苛つかされる。
昨晩、ホークアイ中尉から査定の期限を思い出させてもらった後、すぐにレポートを書ければ、今こんな苦労をせずに済んだのだ。しかし最悪のタイミングというものは重なるもので――
「よお、まだ終わってなかったのか」
にこやかにやってきたのは旧友のヒューズだった。昨日レポートに取り掛かれなかった原因の一端、いや大半だ。
「……邪魔する気なら帰れ」
「冷たいこと言うなって。さっきホークアイ中尉から今日が国家錬金術師の査定の期限日だって聞いたんだ」
「……だから?」
「まだおまえが手を付けてなかった、とも言ってたな」
「それで?」
「進行状況が気になって見に来たってわけだ。進んでるか?」
私は大きく息を吸い込んだ。気を鎮めるためだ。そうでなければ大声で怒鳴ってしまいそうだった。それは私の体面のためにも、体のためにも避けておきたい事態だ。
「おまえが。私とホークアイ中尉とハボック少尉を巻き込んで何軒も梯子をしなければ、夜のうちに書き上げられたんだ」
「そいつは悪かった。けど、約束だったからなあ。俺が東方支部に行くから飲もうって。俺の記憶が間違ってなければ、おまえから言い出したんだよな。久しぶりだから飲み明かそう、その頃には仕事も一段落してるからって」
ぐ、と言葉に詰まった。奴の言葉は確かに正しい。電話をもらった一月前には、その予定だった。悪いのは査定を忘れていた自分だ。わかっている。わかっているのだが――
「そう恐い顔しなさんな。提出期限を過ぎても受け付けてもらえるんだろ?」
手続きは面倒らしいが。
その悪びれない笑顔が心底憎い。
提出したら覚えてろと、二日酔いに痛む頭に呪いを刻み込んだ。