あの目を、あの男をここへ留めておくためなら、何だってするのに。
寝ていなくて、食事もしていないし見張り当番でもないけれど起きている。トレーニングをしている時だ。
そんな時のゾロは、周りを少しも見ていない。一心不乱に鉄の塊をつけた棒を振り回している。ただ、強くなるために。
そんな時のゾロを見ているのは、正直、苦しい。何も考えていないようで、彼がただ一人の男を思っていると知っているから。
その思いは、彼が子供の頃に親友へ誓った言葉と同じく真っ直ぐで、余人の入り込む隙はない。もっとも、この船に乗っている人間で、何の目的もない人間などいやしないのだが。船長を筆頭に、揃いも揃ってその点にだけは一途で頑固だ。勿論、おれだって。
『夢』あるいは『目的』の大切さは、だからおれにもわかっている。神聖不可侵で、取り上げることなどできやしないと。
特に――ゾロの場合、一度手酷くあしらわれたから、思いの強さが半端じゃないことはわかっている。おれもその場にいたから。彼の生き方を、見たから。
けれども。
理性で割り切れていても、感情ではそうもいかないわけで。
「ゾーロー」
おれが軽く声をかけただけでは、こいつは振り返ろうともしない。善意に解釈すれば、振り回している物をそう簡単には止められないからだろうけれど。
めげずに問いを続けるおれを、誰か健気だと褒めてくれ。
「今日の夕食、何が食いたい?」
たまにはおまえのリクエストにも応えてやるよと言うと、目線だけがおれを見た。しかしすぐにまた正面へと戻す。
「……食えりゃ、何でもいい」
なんて可愛い気のない答え。料理人としても張り合いがない。
「味くらい、何かあるだろ? 濃いのがいいとか薄いのがいいとか、焼いたのがいいとか煮たのがいいとか」
わずかの沈黙を裂くのは、ゾロが振り回している鉄の塊。流れる紫煙すら真っ二つにしてしまいそうだ。しばらくその音を聞き、諦めて溜息をつきかけた時、ようやくゾロが口を開いてくれた。
「……前食った、キャベツで肉団子包んで煮たやつ」
ロールキャベツのことだろう。頭の中で食材を素早く思い出す。何とかゾロの意向に添えそうだ。
「ロールキャベツね、了解。おまえ、ああいうのが好きなんだ?」
ゾロのこめかみを伝う汗を拭ってやりたいなと思いながら何気なく問うと、彼は正面を見据えながら答えてくれる。
「別に。今思い付いたのがそれだっただけだ。おまえが作るもんは何でも美味いから、何でもいい」
「…………」
ゾロは、もしかしたらおれを殺す気だろうか。それともこんなことで舞上がっちまうおれがおかしいのか?
そういうことを言うから、たとえ今おれのことを見ていなくても、傍にいたいって思っちまうんだけどね。
わかってんのかね、こいつ。
……わかってねェだろうなあ……。