051/ここだよな

 ああ、と赤い髪が溜息に揺れる。後ろにいても、彼がどんな目でこの風景を見ているのかがわかる。
「間違いないよな?」
 顔だけこちらを見返っているものの、表情は晴れやかで迷いはない。ベックマンは一度あたりを見回すと、頷いた。
 忘れようと思っても、なかなか忘れられる話ではない。あれから十年近くの時が流れているなど、実感がわかなかった。
「懐かしいなあ……覚えてるだろ?」
「勿論。あんな経験、滅多にできるもんじゃない」
「だよな」
 互いに顔を見合わせ、笑う。あの時の苦労も、今では笑い話にできる。時の流ればかりが理由ではないはずだ。
「じゃあまあ、またここへこれた祝いに、今日は宴会でもするか!」
「あんた昨日もそんなこと言って酒を飲んでたな」
「昨日は昨日、今日は今日。今を生きるヨロコビを、宴会って形で表すんじゃねぇか」
「……まともな発言に聞こえるところが恐ろしいな」
「いいんだよ、やりてぇんだから。食料も充分あるんだろ? 文句なしじゃねぇか!」
 この分では、酒を飲めるまでしつこく付きまとわれそうだ。「ったく」と苦笑しながらも決して悪い気分でないのは、場所のせいだろう。ベックマンは結論付けると、物分かりの良い船員の顔で頷いた。
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