島の群れが見えるにつれ、見張りの緊張はわずかに高まる。入り組んだ海岸線を利用し、どこに敵意を持った船団が隠れているとも知れないからだ。敵は同業者ばかりではない。網を張った海軍であることも少なくない。見張りを怠り、万が一自船に損失を与えたとあっては、役目の意味がない。職務怠慢だと厳しく罰されても、文句は言えないのだ。たとえ彼らの船長がそのことを笑い飛ばしたとしても、幹部、ことに規律に厳しい副船長は許さないだろうし、何より自分が許せない。
赤髪海賊団にいる者は皆、彼らの船長、船を愛している。だから船長が少々緩かろうと、船員たちはルールを守る。
「おーう、なんか見えるか――?」
下からの呼び声に身を乗り出せば、二つ名の髪と、トレードマークの黒い外套を風に嬲らせた船長が、好奇心旺盛な子供の顔でこちらを見上げている。見た者がつられて笑顔になる笑い方だ。
「異常ナシでーす!」
「面白そうなモンは――?」
子供のような問いだが、まさに彼が望んでいるものだろう。何しろ船長は「世界を見るため」に海賊になったそうなのだから。無論、見張りたる彼もまた、そんな船長と、船長の夢に共感して海賊へと転進を遂げたのだが。
世間の噂しか聞いていなかった頃は、まさかこれが赤髪の正体――むしろ実態――かと、驚いたものだ。慣れた今となっては、どんな姿でもどこの海賊団の船長より誇れる、と密かに思っている。
「お頭が好きそうなものはないですよ!」
苦笑いしている顔に笑いを返し、また望遠鏡を覗き込む。入り組んだ海岸線、遠くに見えるのは島々の漁師の船だろうか。昼下がりの日差しと相まって、どこか長閑な風景だ。
ふと、嫌な気配を感じた。船の後方、7時の方角だ。しばらくそちらを観察し、やがて己の勘が正しかったことを悟る。
「お頭!」
「なんだー?」
「7時方向に海賊船発見! 砲門を開けてるので、やりあう気です!」
途端、潮が引くより速やかに、船長の笑みが変わる。何かが切り替わった。
「皆ァ、戦闘だァ!」
配置に付け、の声に、あちらこちらから野太い声で応じる。船がにわかに活気付く。
そういえば、この船に乗っている者すべて、普段と戦闘では何かが変わる。普段から戦闘態勢に入る必要は勿論ないのだが、陽気な男たちがこの瞬間に見せる猛々しさは――おそらくここにいる者にしかわからぬ興奮による。
興奮は、あの赤い髪がもたらしてくれる。
どぉん、と腹に響く砲撃音。しかしそれがこの船体を掠ることはない。「ヘタクソ!」と嘲笑交じりの揶揄を、この船一番の狙撃手が敵船に向かって吐く。
いつも船長の隣にいるあの人も、これで少しは船長の気が紛れてくれると良いのだが、なんて思っているのだろう。そう考えながら、足元の銃で狙いを定めた。