045/リズム

 不規則な音が耳に入る。
 
 とん、たた、とんとんとん、たたた
 
 雨が打つ音。
 普段より外は音がないと思うのは、雨音に喧騒が閉じ込められているからだろう。雨粒に包まるようにして、喧騒は殺される。
 雨音は喧騒ではない。喧騒であるならば、こんなに心安らかになりはしない。まるで、自身も雨音に包まれているかのような――
 シャンクスは寝返りを打ち、いっそうシーツを抱き込む。空から時刻を推し量ることはできなかったが、感覚としてそろそろ起床時刻だろう。考えを裏付けるように、ドアの外に人の気配を感じた。窓の外にもう一度目をやる。わずかの間に雨脚が弱まった気配はない。
 
 とととん、たた、たたたた、とんとん
 
 まだ、もう少し。
 この音を聞いていたい。
「お頭」
 無情にも扉は開かれ、己の副官が入室する。
「いつまで寝ているつもりだ」
 寝ているわけではないと主張したかったが、ベッドに入ったままシーツに包まっているのでは、寝ているのと変わりない。思い直して副官――ベックマンを振り返る。
「雨降ってるから」
「? 嫌いだったか?」
 違う、と首を振り、シーツを体に巻きつける。
「音、聞いてたいんだ」
「音? 雨音をか? あんたが?」
「そう。なんだよ、その驚きの顔は」
「いや……」
 情緒を解する神経を持ち合わせていたのか、とは心の中でのみの驚きに留める。繊細な精神とは無縁の男に思えるのだ、我らが船長は。
 不満そうな視線をベックマンへ投げたが、それでも気を取り直したように再び窓の外へ目をやる。雨はきっと、嵐に繋がりもせず、昼前には止むだろう。それまで自分がぼんやり雨音を聞くのも悪くはない、と予定を立てる。
 ベックマンはシャンクスがそんな予定を立てているとも知らず、細巻きの葉巻を細く吹かした。
「構わんがな、お頭」
「うん?」
「早く起きて食堂へ行かねェと、朝飯食いっぱぐれるぞ。ルゥが狙ってたからな」
「…………」
 当座の予定を変更し、シャンクスがキッチンへ駆け込んだのはその一分後だった。
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