034/タイル

 静謐な空気を、細かい彫り物がなされた重厚な扉を開くことにより乱す。
 乱したのは二人の海賊。
 足音を立てることすら躊躇われるような空間を、頓着せずにサンダルでペタペタと歩いている赤髪の男が、まるで出店の品物を物色するような目でもって部屋をぐるりと見回した。
「……コレを作ったやつは、よほど暇だったんだろうなァ」
 芸術を目の前にして一言目の感想がそれか。
 数歩後を歩いていた男は溜息した。それでも窘める気にもならないのは、この男に芸術のなんたるかを説くのが無益かつ無意味だと理解しているからだった。
「キレイはキレイだけどな」
 見るだけだなんてツマラナイ。
 振り返った深海色の瞳は言葉より雄弁に赤髪の心情を語る。
 部屋は、一面の宗教画で埋められていた。
 絵とはいえ、筆などで描かれたものではなく――モザイク壁画だった。正面には祭壇のような台があり、小さな黒い箱が特別な顔をして座っている。
「宝箱だと思う?」
 箱を指差しながら笑っている。罠があっても絶対に開ける表情だ。
「開けるのは俺にさせろ」
 明らかに不満を表情に出した赤髪に頓着せず、彼を箱から遠ざける。慎重に黒い箱の蓋を開けた。幸いにして、床が抜けたりどこからか矢や槍が飛んでくるような仕掛けはなされていなかった。
 背高い男の予想通り、箱の中には何も入っていない。
「何も?」
 嘘だろう、と横に回って箱の中を覗きこむ。底を指さした。
「あるじゃねぇか」
「あんたが望むようなもんじゃねぇよ」
 箱の底に申し訳なさそうに収まっていたのは、小さなタイルの破片と、白い石のような塊。タイルは青、白い石は赤髪の小指の先ほどの大きさだ。
 興味深そうに二つを見ていた赤髪が顔を上げる。
「何、コレ」
「白いほうはわかるが……タイルは微妙だな」
「わかってるほうだけで良いよ」
「おそらく、骨だ」
「骨ェ? なんの?」
「人間の骨だろう」
「欠片だけ?」
 なんの意味があるんだと首を傾げる。背高い男のほうも、詳しく知るわけではないがと前置いた。
「聖人の遺骨の一部ってところだろう。こういう宗教で聖者や聖女の遺骨や遺物をありがたがってご大層に奉るなんてのは、よくある話だ」
「じゃ、こっちのタイルが遺物?」
「普通そう考えるもんだが……聖遺物がタイルなんて、聞いたことがない」
 だから違うかもしれない、とこの男にしては歯切れの悪い物言いだ。
「まあ、変わりモンだったのかもしれねぇじゃねぇか。遺言で骨と一緒にタイル入れてくれって言ったのかもしれねぇし」
 前向きな発言をすると、タイルを取り上げる。止める間もなかった。今度こそ罠があったらどうするつもりだったのだ。――言っても無駄だろうが。
「キレーな青だな」
 じっとタイルに見入る。薄暗がりの中ではよくわからないが、海の色にもよく似た蒼だ。
「記念に貰っておくか」
 たかがタイルの破片を大事そうに腰帯に挟みこむと、「じゃ、行くか」と傍らの男を促した。
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