028/向こうから見たこっち

 果たしてあの人たちからはどんな風に見えているだろう。
「なに坂井、いっつもそんなこと考えてんの?」
「いつもじゃねえよ」
 洗い物をしながら憮然と返す。食べた後の食器を流しへ持ってきた下村は「へえ?」と坂井の顔を覗きこみ、コンロ台に腰を預けた。
「なんでまたそんなロマンチックなことを?」
 端正な顔に揶揄の滲んだ口元を睨む。食器を受け取り、洗う手は止めない。下村はひょいと肩を竦めた。
「死んだことない、生きてる人間にわかるわけないだろ」
「そりゃ、そうだけど」
 食器を洗うとフライパンと鍋も洗ってしまう。さすがに洗い物を下村にやれと言う気にはならなかった。以前無謀にも挑戦したとき、何枚か割られてしまったからだ。
 ふと、下村の左手が義手になってしまったときを思い出す。そういえばこの男は一度、あちら側に行きかけたのだった。
「……おまえには、どう見えた?」
「なにが?」
「あっち」
 くたばりかけただろ、と付け足すと、ああそのことね、と笑う。
 フライパンについた汚れはなかなか落ちない。洗剤を付け直し、力任せにこすった。
「あんまり覚えてない。天使の迎えが来たと思ったくらいだし」
 そんな悪い感じはしなかった。
 笑う顔に影はない。
「なんでまたそんなこと唐突に?」
「……夏がくるからな」
「なんだそりゃ」
 苦笑し、下村はリビングに戻る。坂井はようやくこびりつきを落とし、洗い物を片付けてしまうと冷蔵庫からビールを二缶取り出した。リビングで寛ぐ下村に一本渡す。
「死んだ日が近いから」
「誰の?」
「藤木さん」
「……なるほど」
 なにかを納得した表情で頷くと、器用な仕草でプルトップを開ける。
「とすると、冬にも同じようなことを思うわけか」
「…………」
「責めてるわけじゃないから」
 微笑むと右手を伸ばし、坂井の頭を撫でてくれる。撫で方が、好きだと思った。
「それだけ、存在が大きかった人ってことだろ。こっちが楽しくやってれば、安心するんじゃないか?」
「安心? なんで?」
「坂井の場合、苦労をしょいこむタイプだから」
「その一端を担ってるのはおまえだ」
「否定はしない」
 けど、まあ。
 缶に口をつけ、またビールを飲む。
「見るだけしかできないわけだから、楽しそうにしてたほうがいいだろ」
 辛そうにしててもなにもできないから、歯がゆいはず。それなら明るく笑って、楽しさを共有できるほうが良い。
 下村の言に坂井は頷くと、ビールを飲み干した。

 その夜、下村がいつもより優しかったのは決して気のせいではない。
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