長い航海明け、久方ぶりの港に酒場。これに女が加われば、たいていの海の男は文句あるまい。
「なのに、どうしてうちの副船長さんたら仏頂面なのかしら?」
わざとらしいシナを作りながら、隣に座っているヤソップへ、よよ、ともたれかかる。あの『赤髪』のこんな姿を見たら目を剥く人間が何人もいるだろうなと埒もないことを考えながら、ヤソップは苦笑した。
「あんたが無茶するからだろ」
「無茶? 俺がいつ?」
「昨日の夜の戦闘」
「無茶なんかしてねぇだろ」
何言ってるんだと首を傾げる船長の隣でロックのウォッカを飲みながら、ヤソップは内心だけで溜息をついた。当の本人に自覚がないからこそ、離れた席にいる副船長は不機嫌のままなのだろう。
副船長であるベックマンの機嫌が悪くなるときは、たいてい船長のシャンクスに関係がある。付き合いの長い幹部はそれをとうに承知しており、からかうことも少なくないしひっかき回すこともなくはない。そうでもしなければ、船内の空気が不要に緊張を帯び、疲れてしまう――とは同じ幹部のルゥの言だが、シャンクスやベックマンは楽しんでいるだけだろうと見当をつけていた。
とはいえ、昨夜の戦闘に関して言うなら、ヤソップは全面的にベックマンの肩を持つつもりでいる。
「無茶じゃなけりゃ、頭にこんなでっかい怪我もらうわけねぇだろう」
苦笑しながら頭に巻かれた包帯を指してやる。シャンクスは髪についたゴミを指摘されたがごとくの気楽さで「ああこれか」と己の頭に手をやった。
「ちょっと皮膚が裂けただけで、ドクも大袈裟だよな」
大袈裟ではない。頭をカチ割られて、まだ一日も経っていないのに酒を飲む人間のほうがどうかしている。
「あんたにしちゃあ珍しい怪我の負い方だけどな」
たしか、なにかを庇ったのだ。庇ったなにかは、本人と、目撃したベックマンにしかわからない。その点に関しては二人ともが黙秘を続けているため、誰も知らない。
戦闘中なのだから、よほど大事なものなのだろうということはわかるのだが。
ヤソップは苦笑し、グラスをあけた。この二人のこういう悶着は、今に始まったことではない。そして周りがやきもきしなくとも、明日にはまたいつも通りになっているのが常だ。
「ま、心配はしてませんよ」
するだけ無駄というものだ。
ジョッキに注いだラムを一気に飲み干したシャンクスは、にやりと笑う。
「とりあえず、」
勝負は今夜かな。
「……そいつはまた」
ご愁傷さま、とは口の中に留め、苦い顔で煙草を吸っているベックマンに同情の視線を送った。