ゾロが包帯を取り替えるのを手伝うでもなく、眺めていた。夜中の一時のことだ。サンジはキッチンにいて、仕込みと、翌日できあがるスープの具合を見ていた。
ゾロがやってきたのは、男部屋では明かりがつけられないからだという。ルフィやウソップが明かりごときで目をさますとは思わなかったが、ゾロらしい気の遣い方ではある。
「……見て面白いか?」
ようやく巻き終え、残った包帯を救急箱へ直す。この船では、包帯はいくら買ってもちっとも足りやしない。ナミが昼間に嘆いていたことをサンジは思い出した。
別にと答え、煙草を咥える。マッチで火をつけながら、胡散臭そうに自分を見るゾロの視線を感じ、喉の奥で笑う。
「おまえ、恐いモンとかないのかよ?」
「はあ?」
いきなりなんだと眉を跳ねさせた男とテーブルを挟んで向かいに腰掛け、サンジは灰皿を引き寄せた。
「だから、恐いモン。なんかねぇの? あるだろ、一つくらい」
ゾロが怪我を負うたのは夕刻の戦闘だ。
出港間際、大きな海賊団に喧嘩をふっかけられた。他合いのない相手だったのだが、巻き添えを食らいかけた子供をかばって斬られてしまったのだ。見かけは派手だが大したことはないというのが負傷した当人の言い分であり、頑として仲間の気遣いを容れず、簡単に消毒をして包帯を巻いてしまうとそのまま眠ってしまった。
子供をかばうのに、躊躇を見せなかった。あのタイミングではどう動いても斬られるとわかっていたはずなのに。
一歩間違えれば、死ぬ。
最強を目指すこの男がそれをわかっていないはずがない。一度は死にかかったのだから。
「恐いモン、ねぇ……」
首を傾げ、数秒考える仕草を見せた。が、答えはあまりに簡潔だった。
「ねぇな」
「…………ソウデスカ」
思わず溜息をつきながらテーブルに突っ伏してしまう。
どうしてこう、この男は。
「強いヤツと戦うときも、恐くないってのか?」
「てめえは恐いのかよ」
切り返されて黙ってしまう。そんなものが恐いと思ったことはない。恐いのはもっと、別のものだ。
「強いやつと戦うときは、嬉しいんだおれは」
貯蔵庫から取り出した酒を飲み始める。食料品管理者として止めるべきかと思ったが、一瓶くらいならかまわないかと思い直す。
ゾロはさらに続けた。
「強いやつを倒せば、おれはまた強くなれる。負けねぇし、強くなりてぇから、それは嬉しいことだ。――恐いのは、弱くなることだな」
「弱く?」
「心も体も、弱くなっちまったら負ける」
なるほど、とサンジは頷いた。
つまんねぇ話させるなよと苦笑するゾロの眉あたりを、じっと見つめた。目を見る勇気はない。
だとしたら、自分は弱い。体はともかく、心が。
「じゃあ、寝るとするか」
おまえもさっさと寝ろよと言いおき、ゾロは欠伸をしながら出て行った。飲み干された酒瓶に手を伸ばし、抱え込むようにしてテーブルに突っ伏した。
あんな男に惚れるなんて、まったくどうかしている。惚れた者負けとはよく言ったものだと、瓶で額を冷やした。