冷蔵庫の中身が充実していて、外は雨が降っていて、どちらかの家に二人でいる時間。まるでぬるま湯のようにやわらかで暖かく、時が流れる日。
何を喋るでもなく、何をするでもなく、ただそこにいるだけ。
沈黙は、実は苦痛ではないとわかる。
坂井は雑誌をめくっていた。よく買うバイクや車の雑誌だ。雨音をBGMに、不規則にページをめくる音が二つ分、不恊和音を奏でていた。
間を縫うのは紅茶の芳香。コーヒーはレナでしか飲まないと決めているから、坂井の部屋には紅茶のティバックが常備されていた。いれるのは坂井だが、少し手間と時間ををかければ、それでも下手なカフェの紅茶より随分いける。それを気にいっているのか、坂井の部屋にくれば下村は紅茶をねだる。
「自分だっていれられる癖に」
そう文句を言いながらも嫌そうでないことくらい、とっくに下村は知っている。
「おまえがいれたほうが美味いから」
なんて言われれば、坂井だって悪い気がしない。仕方ないなと愚痴りながら、いそいそと湯を沸かし始める。
「今日は何飲むんだ?」
「シルバーチップス。ロイヤルミルクティで」
「……またおまえは遠慮なく面倒なもんを……」
「嫌だったら普通のミルクティでいい」
「いーよ。ロイヤルミルクティね」
下村がバレンタインに買ってやったミルクパンを出し、冷蔵庫から牛乳と、沸かしかけた水を少量混ぜて火にかける。水は火からおろさず、そのまま熱湯にさせた。それでカップとポットを暖めるらしい。
台所で立ち回る坂井の背を本越しに眺めながら、下村は「やっぱりこいつはマメだ」と感心していた。だから、なにも気にしない自分と合うのかもしれないが。
しばらくすると、やや甘い紅茶の芳香が鼻腔をくすぐり始める。カップに注がれるのは、もう少し後。
平和な日。
なにもなくても、二人でいればなにもしない日はない。
そんな時間を過ごすのを、下村は心の中でだけ喜んでいた。口に出したことはなくても、坂井に伝わっていればいいのに。
「下村、いれたぞ」
その声を聴くのが、なによりの幸せ。