溜息をついて窓の外を眺めた。空は気怠い気持ちを無視して奇麗に晴れている。
傍らに視線を落とせば、床をともにした男がぐっすり眠っている。珍しいこともあるものだと、坂井はその顔に見入った。
よほど激しく求めた後の朝でない限り、たいていは下村が先に起きている。だから寝顔を見るのは、寝落ちる時以外では久々だ。下村が昼寝をしている時にだって寝顔は見ているのだが、朝の寝顔はまた別だ、と坂井は思っている。
下村は先に目覚めても何をするでもなく、ただ起きているだけ。たいていリビングでぼーっとしているか、寝顔を見られている。平日でも、午前中には目を覚ましてしまうのだと以前ぼやいていた。サラリーマン生活で身についた習性のようなものなのだろう。
先に起きたなら、食事など済ませておけばよいものを、下村はそうしない。
「そうだな」
と言いながら、いつも坂井が起きるのを待っているのだ。待つのは嫌ではないらしい。ものぐさなのもたいがいにして欲しいのだが。
目元にはかすかに疲労が滲んでいるものの、表情は穏やかだ。すっきり通った鼻梁、薄い唇、きめ細やかな肌。朝日を受けて整った顔立ちに見入る。
無理、はさせていない。疲労が溜っているのだろう。ただでさえ左手がないのだから、本人の意識がないところでも無理は必ず出てくるはずだ。
下村は、あまり自分のことを口にしない。過去もだが、体調もだ。自分で気付いていないことも多いから、無頓着に違いない。だから目を離せない。
坂井は瞑目し、吐息した。思考にまとまりがないのは、朝だからだろうか。
下村の目蓋にかかっている髪を払い、そのまま額を撫でた。それが合図だったかのように、下村が目を覚ます。
「おはよう」
「……ん」
また眠ってしまいそうな様子だったが、予想に反して大きく伸びをして上体を起こした。
「寒くないか?」
「ん」
朝は喋るのが普段より億劫になるらしく、言葉数が減る上に言葉らしい言葉を口にしない。いい加減慣れてしまった今となっては、小動物のようで可愛いと思っている。
下村はだるそうに首を回すと、窓のほうに首を向ける。仕草はまるで猫のようで、坂井は口元だけで微笑んだ。
「窓……」
「ん?」
「拭かないと」
なにを言い出すのかと首を傾げると、下村はほら、と窓を指す。よく見れば、窓の下のほうが結露していた。
「……わざわざ拭くのか?」
「ん」
こっくりと大きく頷くと、ベッドから降りようとする。
「じゃ、俺は飯作ってるから」
着替えを置いてやると部屋を出た。毛布の下に、下村は何も着ていない。今更互いの裸など見慣れてはいるのに、明るいところで見るのは気恥ずかしかったのだ。
さて、朝食を作れるだけの食材があっただろうか。