020/没頭

「今日は暑いな」
「ああ」
「風もねぇし……夕方には吹くかな?」
「ああ」
「朝飯ちゃんと食ったか?」
「ああ」
「昼飯うまかった?」
「ああ」
「この前読んでた本は読みきったか?」
「ああ」
 船長と副船長の不毛なやり取りを、幹部は離れた所から眺めていた。離れているのは勿論、要らぬとばっちりがくるのを敬遠してのことだ。
 トップ二人に流した視線を、自船の海賊旗と同じドクロを刺繍した帽子をかぶった若い男――リックがテーブルを囲む仲間に戻す。
「どっちが先にキレるかな」
「お頭だろ」
「お頭だな」
 考えるまでもないと、黄色いサングラスをかけた若者とヤソップは肩を竦める。
 食堂で副船長は海図と首っぴき、船長はその隣でまとわりついている。海図に集中している副船長のあしらいは常より素っ気無いが、今の所、船長がそれに苛立っている様子は見受けられない。
「キレるというより、飽きるんじゃないですか。お頭」
「そういや苛立ってはいないみたいだな」
 天気の話をするような気楽さだが、ひとたび船長の機嫌が悪くなれば、嵐の航海より大変な目に遭うのはわかっていることだ。それまでは楽しんでいようと思う程度には、この船の幹部たちの神経は太い。
 太くなるほど、慣れているのだが。
「しかし、副船長もよくあれで考えごとができるもんだよなあ」
 集中力の人離れしたすごさは他の者もよく知る所だが、あれだけ騒がれれば思考などすぐに霧散してしまいそうなものだ。だが、少なくともここにいる幹部たちは一度も副船長が「気が散る」と言って船長を追い払う所を見たことがない。
 たいてい、船長のほうが癇癪を起こして暴れ始めるか飽きてどこかへ行ってしまうか、どちらかだ。
「もしかして」
「ん?」
 呟きを、隣に座っていたヤソップが聴き咎める。
「いえ、もしかしたらですが、」
 続いての言葉は椅子が蹴り倒される音に掻き消された。ああやっぱり、と予測通りの展開に、幹部一同苦笑する。
 大きな足音を立てて不機嫌を強調しながら出ていく船長と、様子の変わらない副船長。
 もしかしたら副船長はとんでもない面倒くさがり屋で、なおかつ気が長い人――などということはあるだろうか。
 己の思いつきにリックは苦笑しながら、席を立ち始めた仲間に続いて立ち上がった。
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