「よお、マスタング大佐」
人当りのよい笑顔とともに寄ってきた男は、旧知の友。俺お前で通じる仲にも係わらず、そんな呼び方をされる覚えはない。少なくともここ数日は二人の間は平穏無事だったはずだ。
眉間に皺を寄せると、冷たい声音を選んで投げた。
「……なんだその呼び方は」
気色悪い。
あからさまに不機嫌な顔と声に、ヒューズは笑ってロイの肩を叩いた。
「一応、敬意を払っておこうかと思ってな」
昇進おめでとう、と白々しい響きをもった祝辞は、鼻で笑って一蹴する。
「一応で払われる程度の敬意なぞクソ食らえだ」
他に似合いの輩がいるだろうと毒のある言葉を寄越し、踵を返す。
焦るかと思ったが存外のんびりした様子で、ヒューズが行く先を問うてきた。
「どこだっていいだろう」
「ついていっても?」
「暇人め。好きにしろ」
いちいち断りを入れねばならぬほど他人行儀な仲ではない。ヒューズもわかっているだろうにそんなことをいちいち訊くとは――嫌がらせだろうか。
とはいえ、久方ぶりに会った友とわざわざ喧嘩をするほど酔狂ではない。
「中央はどうだ?」
少佐自らフラフラできるほど暇なのか。
嫌味に、ヒューズは小さく肩を竦めた。
「相変わらずだ。各地で起こっている内戦の処理やら対応にてんてこまいさ」
昔に比べれば犯罪発生率も犯罪の質も変化した。中央の予見を上回ることもある。何より手が足りないこともままあるのだ。
「ま、俺は現場にはあまり出ないが…紙の上でも、ある程度はわかるくらいだな」
時代のせい、だけではないだろう。度重なる内戦で疲弊しきった地方もあれば、内戦のおかげで景気の良い地方もある。どちらでも犯罪は起こる。
同情を禁じえない事件もあるが、それら全てに手心を加えていれば法が法たる示しがつかない。万人に同じく下されなければ法の存在意義が怪しくなる。
「……建前だと思っているよ」
「何故?」
「エドワード兄弟のことを知っていても、俺たちは彼らを告発していない」
しかし、それが他の者だったら。分別が当然あるはずの年齢だったなら。同じように対処したと言い切れるだろうか?
ヒューズは室内に入ると軍服をいくらか着崩した。ロイはその手元から目を離せないでいる。
「……建前は建前として仕事はこなさなければ、軍人としては失格だろう」
瞬きの隙に目を伏せた。
例外はどこにでもある。それに甘んじてはいけないが、「そういうこともできるのだ」と思えることが必要な時もある。良い方向へ働くか、悪い方向に働くかはわからないけれども。
ロイの発言にヒューズはわずかの間瞠目し、次いでにやりと笑った。
「おまえさんが総統になったら、さぞ楽しいだろうな?」
「なんだ、薮から棒に」
「俺はきっと、おまえのやり方が好きになるだろうってことさ」
よくわからんと顔を顰めたロイに「わからなくていいさ」とヒューズは笑った。