016/池に映った

「ボロミアさん」
 呼びかけに気付いていないのか、ボロミアはぼんやりした様子で池の辺に座り込んでいる。メリーとピピンは顔を見合わせて小さく頷くと、そのまま彼の背へ回った。
「ボロミア!」
 二人同時に抱きつくと、さすがのボロミアも慌てた様子で左右を振り返った。
「どうかしたのですか、小さい人たち」
「御飯の用意ができましたよ、って探しにきたんです」
「早く来ないと僕やメリーのお腹に入っちゃいますから」
 ね、と互いの顔を見合わせ、メリーとピピンが笑い合う。ボロミアはわずかに背を曲げたまま、
「わざわざ済まない」
 ありがとうと二人の頭を撫でる。
 小さな体の割によく食べる彼等のことだから、充分に考えられる事態だ。食料は多いとは言い難い。食べられる時に腹に入れねば、肝心な時――例えばオークなどの襲来があった時――に、力を出し切れない。それでは大事な使命を帯びた者として困る。何より、人間が、ましてゴンドール執政の長子が役立たずと思われてしまうのは、大いに不本意。
 肩のあたりに抱きついたままのホビット二人をそのまま支えてやり、立ち上がる。小さな歓声があがった。
「ボロミア、あなたは本当に力持ちですね!」
「鍛えているお陰だよ。エルフには負けるがね」
「一体どこにあんな力を隠しているんでしょうね、彼等は」
 あんなに優美で繊細に見えるのに。
 メリーの言葉にボロミアとピピンが頷く。
「そういえば、あんな所で何をしていたんですか? 離れていたら、危ないでしょう?」
 いつもアラゴルンやガンダルフに言われていることを、ピピンはここぞとばかりに言う。ただし彼等のように窘めているわけではなく、どちらかといえば好奇からくる問いかけのようだった。
 ボロミアは数瞬黙すと、薄い微笑を瞳に滲ませた。
「少し、考えごとをね」
「どんなことですか?」
「内緒」
「狡い! そう言われると余計気になりますよ」
「そうそう! 気になって眠ることもできません」
 無邪気な要求に、ボロミアは内心だけで苦笑した。まったく小さな人たちの好奇心ときたら、どんな時でも減ることがない。
 かといって本当のことを言うわけにもいかない。
「……故郷のことを考えていたんですよ」
「故郷? ゴンドールですか?」
「ええ。これでも私は大将なので。小さな人たちも、故郷は好きでしょう?」
「勿論!」
「ホビット庄ほど良い所はないよ」
 ボロミアも連れて行ってあげたいねと嬉しいことを言ってくれる。
 しかしそれより彼等に嘘をついてしまった事で、ボロミアの胸は小さく痛んだ。
 しっかりしなければ。個人的な感情に捕らわれていて良い時ではない。彼らと無事に絶望的な旅を終わらせる。そのことだけに集中しなければならない。
 メリーとピピンが近寄ってきたのが背後からで良かった。おそらくあの時、到底誰にも見せられぬ顔をしていただろうから。
 ただ一人に想い悩む姿など、池の面だけが知っていれば良い。
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